新国立競技場の事業者が決定

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2015.12.29

仕切り直し後コンペで、2者の一騎打ちとなっていた新国立競技場の設計・施工チームが決定しました。工程計画についての信頼性が評価された結果、選ばれたのはA者こと、大成建設、隈研吾さん、梓設計グループ。設計内容自体の優劣を示す「施設計画」では、B者こと、竹中・清水・大林JB、伊東豊雄さん、日本設計のグループが上回っていたのにもかかわらず、上記の結果でした。私は、改めて両者の技術提案書を見返して見たのですが、どう読み込んでも、工程計画について、A者がB者を明らかに大きく上回っている事を示すような内容は身受けられませんでした。両者とも建物の完成は2019年11月となっており、工期自体は、A者が36ヶ月、B者の方は設計を含む準備期間を2ヶ月多く見ているため、本工事着工後は34ヶ月で完成という内訳となっています。この事はごくごく普通に客観的に見れば、工期について両者には差が無いと見るべきです。事業者決定時点での記者会見の場でも、複数の記者から、工程計画で差がついたのは具体的にどのような内容なのか、という質問が出されましたが、審査員の先生方からは、明確な説明はありませんでした。 元々このコンペは、白紙撤回前にスタジアム本体を受注していて、資材の発注や労務の手配でアドバンテージのあった大成建設グループが有利であると言われていました。大成建設側からすれば白紙撤回の結果、千数百億円のスタジアム本体工事の契約が突然にキャンセルになったわけですから、大変な事態です。そのような経緯の中では、発注者の側でも、今回コンペで改めて「大成建設にやらせたい」、あるいは「大成建設にやらせざるをえないだろう」の心理と共に、「資材や労務も手配が済んでいる大成建設ならば、工期的にも安心」との認識があった事は間違いがないでしょう。つまるところ、A者に決まったのは、技術提案書の内容ではなく、はっきり言ってしまえば、コンペをやる前から勝負はついていたのではないでしょうか。そのような状況を充分に認識しながら、あくまでも技術提案書の内容を高める事に注力し、果敢にこのコンペに挑戦したB者の勇気と、建築に関わる者としての矜持は、最大限讃えられるべきです。 建築家の側から見れば、設計内容では明らかに相手を上回る評価を得ていながら、自分には直接関わりのない事情によって選定されない…いわば「試合に勝って勝負に負ける」という事態は、本当に悔しく忸怩たる思いです。あの温厚な人格者である伊東豊雄さんが、コンペ結果を受けての記者会見の場で、厳しい表情で審査についての不信感を表明されている姿をみて、私自身も建築家の端くれとして、自分のことのように悔しく情けない思いにかられました。 あの無謀とも言える白紙撤回によって、抜き差しならない状況になってしまった結果、何よりも工程上の安全を最優先せざるをえなくなったことがこのような事態を招いた原因であるのは、間違いがありません。建築家の能力を生かすも殺すも、所詮は発注する側事業者の姿勢次第。ある意味、建築家という職能の限界が建築家の側に冷徹に突きつけられたとも言えるのですが、逆に、建築家の側からどのような働きかけをすれば、建築についての確かな見識を持ち、社会にとってより良い建築を生み出すよう事業主を啓蒙していけるのか…を改めて考えるきっかけにすべきなのかもしれません。 そういった意味で、色々なことを考えさせられたコンペでした。伊東豊雄さんはじめB者の皆さま、技術提案書の内容は素晴らしかったです。本当にご苦労様でした!!        

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新国立競技場コンペ応募案公開!

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2015.12.17

新国立競技場仕切り直しコンペの応募案が公開されました。これまで報じられていた通り応募は2者のみ。A案(下の画像)が隈研吾さん+大成建設、B案(上の画像)が伊東豊雄さん+竹中工務店グループの提案です。ちなみにお蔵入りとなってしまったザハ案はこんな感じでした。     計画白紙撤回の後、工期とコストを何がなんでも遵守しなければならないために、設計と工事を合わせたコンペとされ、かつ、今後極めて短期間の内に設計から工事までまとめ上げるためには、これまでこのプロジェクトに関わったアドバンテージが無ければ現実的に難しい事などの理由により、結果的に上記の2者の一騎打ちとなりました。オリンピックのメインスタジアムのコンペとしては実に寂しい限りですが、これまでの事業者の迷走の末に、ここまで追い込まれてしまった結果、予想されたことですし、もう今となってはやむを得ないことと思わざるを得ません。しかし選択肢は限られているとはいえ、予め上記のように案が一般公開され、しかも2者だけの比較ですから、ある意味、短期間でわかりやすい議論が出来るのではないでしょうか。 技術提案書も全て公開されているので中身をざっと拝見しましたが、これだけの膨大な提案書をこの短期間でまとめ上げた2者の力量と情熱には本当に脱帽です。 上の画像で見るように、前回のザハ案とは大きく印象は異なりますね。ザハ案には、一見したところの強烈な個性とインパクトがあります。では今回提案された2者の案はコストと工期を重視するあまり、ザハ案に比すれば凡庸な提案なんでしょうか。私は決してそうは思いません。      A案                  B案   2案共、工事費はほぼ上限に近い1500億円弱。この金額が果たして妥当なのかどうか、今の私には正確に判断することはできませんが、少なくとも今の厳しい労務事情の中、極めてタイトな工期と予算を踏まえた上で、各々のチームが英知を絞り、この国家的プロジェクトを成功に導くために最善を尽くした結果であることは、充分に伝わってくるのです。では、どちらの案がよりふさわしいのか。ズバリ、私の個人的な意見は…断トツでB案です。 B案は驚くほどシンプルですが、優れてモニュメンタルなシンボル性を持っていると思います。屋根を支える72本の木造の柱が、整然と並び、白磁のように美しく仕上げられたすり鉢状の観覧席の背面との間に、回廊空間が設けられています。その姿はオリンピックという祝祭空間にふさわしく力強い神殿のような佇まいで、極めて日本的です。(チームの技術提案書には、縄文時代の遺跡に範を取った旨が記載されています) この1.5メートル角の木造柱が整然と並ぶ様を、早く見てみたい気にさせられるのです。ここでは、詳しく書ききれませんが、伊東豊雄さんらしさも随所に感じられます。 一方のA案は、スタジアム内の天井に木材をふんだんに用い、外観に多重に回した庇の上げ裏には、隈研吾さんらしく木製ルーバーが設えられています。いわば、たいへんわかりやすい和風のデザインと言えるでしょう。また、庇の先端上部は緑化されて神宮の緑との一体化が図られています。しかし、私にはどこか既視感があり、正直なところ、はっとする独創性のようなものはあまり感じられませんでした。幾重にも庇の重なった外観も、B案の力強く簡潔な外観に比すると、ややもすると猥雑に見えてしまうのです。 以上は、あくまでも、私の第一印象にすぎず、もちろん今後様々な角度から、総合的に比較検証されなければいけないのは言うまでもありません。年末まで充分に議論が尽くされた結果、私の個人的な直感が叶うようなら、たいへん嬉しいのですが.......。

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46年目のキングクリムゾン

キングクリムゾン来日公演

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2015.12.14

かのロバートフリップ率いるキングクリムゾンが久方ぶりに来日。フェスティバルホールでの大阪公演に行ってきました。チケットは全てソールドアウトで会場は超満員。シニア世代ばかりかと思いきや、以外と若い世代が多いのにもびっくり。公演の前に偏屈屋?のロバートフリップが自らマイクを握り(姿は見えずでしたが)「撮影、録音は絶対に駄目よ!」と釘を指してから、おもむろに演奏スタート。デビューアルバムを含む初期の楽曲から、新しいラインアップまで、ぶっ通しで2時間以上、緻密でありながらエネルギッシュなパフォーマンスを披露してくれました。それにしても「キングクリムゾンの宮殿」で鮮烈なデビューを飾ってからなんと46年。当時の楽曲が今でもまったく色褪せずになおみずみずしい魅力を放ち、若い世代をも引き付けているこのバンドは本当に凄いです。  

日本公演パンフレットより

  実は私がプログレなる音楽を改めて聞き出したのはほんの数年前。学生時代は黒人ブルースを演奏するバンドを組んでいて、プログレを始めとするブリティッシュロックなるものは、どちらかといえば食わず嫌いで終わっていました。クラシックなども含むいわゆる「構築的な」音楽より、感情をそのままストレートに表現するエモーショナルなヴォーカルミュージックであるブルースやソウルなどに心惹かれていたものです。しかし、シニア世代になって、ひょんなことから1960年代後半から1970年代後半位までの、いわゆるプログレ全盛期のアーティスト達の音楽を聞き込むようになり、遅まきながらその魅力にはまってしまったのですが、その中でもキングクリムゾンは別格と言えます。 リーダーのロバートフリップは、何度かの休止期間があったとは言え、約半世紀もの間キングクリムゾンを続ける中で、多くのメンバー交代を経ながら思考錯誤を重ね、常に新しい試みにチャレンジしてきた人です。(今回のバンド編成も3人のドラマーがステージの前方にずらりと並ぶという特異なものでした)もちろんストレートなロックミュージックとは一線を画し、ジャズやクラシックの要素に加えて、いとも間単に高度なアレンジや変拍子なども駆使するその楽曲は、決して一筋縄ではいかなさそうで、なにやら奥深く、一度聞くとまた繰り返し聞き込みたくなる不思議な魅力を持っています。激しいリズムと叙情性に満ちたメロディーとのいわば動と静の対比も圧巻で、それらが、完全主義者ロバートフリップの頭のなかで、周到、綿密に構築されているのです。 そんなわけで、次の日の大阪最終公演も続けて聞きたくなった次第ですが、残念ながらソールドアウト。会場で販売されていた、未発表音源や直近のライブパフォーマンス等を収録した2枚組みCDのボックスセットを手に、幸せな気分で帰路についたのでした。

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