熊野古道なかへち美術館

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2023/08/14

 

 

台風7号が日本のお盆を直撃する前の休日、今日しかないな!と思い立ち、南方熊楠記念館と並んで和歌山で一度は訪れて見たかった熊野古道なかへち美術館へ。

大阪から、紀の川サービスエリアで茶そばと天ぷらのランチタイムと、この時期にしては意外と軽めの道路渋滞をはさんで、のんびりドライブすること4時間あまり。

 

熊野本宮へと続く山間の道路沿いの一画に忽然と現れたガラスと鋼板で出来たシンプルな箱たち。高さを抑えたフラットルーフ平屋のファサードは、周囲の景観を決して損なうことはなく、ごく自然にこの歴史ある場所と折り合いを付けたかのように佇んでいました。

1998年築の25年目。一度の改修工事を経たとはいえ、外装カラー鋼板のペコつきと色褪せ、外壁と屋根の簡素な取り合い部分の錆と汚れ、内部のホールへと続く天井裏への雨漏りの痕跡等々、歳月の流れを感じさせる箇所がいくつか見受けられました。

地方の小さな公共の美術館でありながら(いやそうであるからこそ。。)当時の新進気鋭の建築家(これが最初に手掛けた美術館。今や世界的に活躍されています)を起用して生まれた優れた建築ですが、一方でこの種の建築の維持管理の難しさを感じさせられました。

 

建築というものは、その場所との折り合いをつけると同時に、その先に続く永い歳月との折り合いをいかにつけていくか。。という事も大切です。

関西の大先輩建築家、出江寛氏の「古美る」という言葉が思い起こされます。

 

 

 

受付のあるロビーからエントランス方向を望む。わずかに彎曲する壁面が来訪者を展示室へと誘います。

ここで少し気になったことが2つ。一つはガラス面に半分だけ降ろされたロールスクリーン。この時間は直射日光の差し込みもないので、出来る限りガラス面は開放してすっきりさせたいところ・・

もう一つは、このガラス面に固定された展示のためのホワイトボード。このボードに貼り付けられた展示ポスターのサイズが、正方形のホワイトボードと合っておらず、だらしなく紙が下にはみ出してしまっている・・

細かいことばかりですが、こういった部分にしっかりと神経が行き届いていれば、その建築を大事に思う発注者の気持ちが伝わってきて、設計に携わるものとしては(自分の設計したものでなくても)ほっこり嬉しい気持ちになるのですが。。やや残念。

というか、こんなことが気になってしまい、純粋に肝心の展示を楽しめないのは設計を生業とする者の性か・・むしろそっちの方が残念なのかも。

 

 

上の写真は、この美術館で設計者の展示会が開催された時のパンフレット。よくよく見ないと読めない せじまかずよ という細長いたてがきのサインがかわいい。

 

 

 

ガラスのコーナーに設置されたアート作品。外の景色が借景となっています

 

 

 

 

 

このロビー(交流スペースと名付けられています)はいかにも妹島さんらしい空間。ツヤのある壁面のパネルが外の景色をほのかに映し出しています。地域の皆さんも含めた交流の場としても考えられているそうです。

 

 

真っ白な空間に白いテーブルと原色のチェアー。オレンジの入ったTシャツが映えそうだったので思わず自撮り(蛇足でした)

 

 

 

壁面に穿たれた空調の吹き出し口

 

 

 

ロビー(交流スペース)から見えるのどかな川沿いの景観

 

 

 

 

屋外に置かれたアート作品

 

 

 

ロビー(交流スペース)の外観。5枚ある天井までのパネルは扉になっていて外部に開く仕掛け。ちょっと大層な印象ですが、川沿いの屋外スペースから自由に出入りできるような配慮か。。排煙口(火災時の煙の排出口)を兼ねているのかも知れません。

 

 

左側の突出したグレーの箱が展示品の搬入口とストックヤードになっています

 

 

 

中央の曲面の壁の中は機械室。右側に突き出している箱の中はトイレ

 

 

 

 

建築の基本的な構成としては、中央に矩形の展示室を設け、ガラス貼の回廊がその周りに設けられていて、来訪者は外部の景色を眺めながら自由に巡れるようになっています。その回廊につながる一番眺めの良い川沿いの一画が上で紹介した交流スペースというわけです。

ガラスの回廊は、それ自体が展示ギャラリーのようにも使える一方で、貴重な作品のある展示室と外部空間とのバッファゾーンとしての役割もありそうです。

そして展示や回廊以外に美術館として必要な機能である、事務室・トイレ・機械室・作品の搬入口とストックヤードは、各々が独立した棟で出来ています。
それらの棟は、回廊のガラスと対比させたカラー鋼板貼で、一つ一つが突出した形状で本体の回廊に取り付いています。

俯瞰的にプランを見るのとは異なり、予備知識なく訪れた来訪者は、建物の外周をぐるりと回ってみて初めて全体構成が分かるわけですが、エントランス横の事務室の棟は、アプローチ側からの視線に対して広角で設けられていて、来訪者の視線を受け止めるような構成になっています(上の写真)。

 

歴史ある熊野古道の山間にアートを通した地域交流の拠点としてつくられたこの美術館。設計者の個性を表した斬新な建築ではあるけれど、簡素なディテールを用いながらボリュームを押さえて各部を分節し、周囲の自然の中に埋め込まれたその佇まいに気取りや威圧感などは無く、誰もが普段着でぶらりと立ち寄ることが出来そうな施設となっていました。

 

若かりし設計者の想いの入ったこの建物がこれからも大切に使われ続け、地域の人々や熊野古道を訪れる人々にもっともっと親しまれればいいな、と思いながら帰路につきました。

 

<了>

 

 

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