たねや「ラ・コリーナ近江八幡」探訪

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2021.11.22

  遅ればせながらと言うべきでしょうか、秋の休日に、近江八幡にある和洋菓子のたねやグループのユニークな施設である「ラ・コリーナ」をようやく訪ねることが出来ました。 それも近江八幡に用があり、その帰途に車を走らせていたところ、偶然に「ラ・コリーナ」の看板を見つけ、急遽訪ねることにした次第です。 休日は駐車場に車を停めるのにもたいへんな混雑と聞いていましたが、この日は夕刻だったこともあり、待ち時間もなくすんなり駐車することが出来てラッキーでした。 さて竣工後まもなく7年になる草屋根の姿がどうなっているでしょうか。     言わずと知れた藤森照信さん(何故か、僕ら若輩でも思わずさん付けで呼びたくなる建築家です)の設計になるこの建築、駐車場を下りて一面クマザサが生い茂るアプローチの向こうには、シバに覆われた大屋根だけが見えるメインショップの建物が、背後の八幡山のシルエットをくずすことなく、風景の一部となってたたずんでいました。ショップは結構なボリュームですが、そのスケール感を全く感じさせません。建物の形状もとんがり屋根のてっぺんに一本の植樹(資料によれば高野槙)がされているなど、ユーモラスで親しみやすいものです。     施設全体の構成は上の案内板のような感じです。約11万㎡とされる広大な敷地に、様々なショップや、たねやの本社、農業施設、緑の回廊などがのびのびと配されています。まだまだ今後の建設予定もあるようです。     メインショップに入ってみると、アプローチの牧歌的な風景とは対照的にたいへんな賑わいでした。お目当ての焼き立てバームクーヘンを求めて長蛇の列が出来ていました。         ショップの中は屋根形状がそのまま表れていて、天窓から柔らかい光がふり注いでいます。漆喰塗の天井と天窓にまでちりまべられている黒いものは、木炭を細かく切ったものだそうで、 たねやの職員の方も工事に参加してみんなで仕上げたとの事です。洋菓子等のチョコチップのイメージでしょうか。遊び心のあるユニークなインテリアですね。吹き抜けに面した手摺のデザインなども、手作り風で、決して気取ったところがなく好感が持てます。  

窓辺の内観ディテール

    ショップの1階の一角には、歴史のあるたねやが、これまでたくさんのお菓子をつくってきた木型を綺麗に並べて、ディスプレーされていました。     メインショップを出て右側には、本社のある建物とその横にはカステラのショップが見えてきます。本社内部が見学できなかったのは少し残念。    

    見事に生い茂った草に覆われた外観!まるで日本の国の建物ではないかのようなバナキュラーな建築です。これだけの草屋根を維持管理してゆくのはさぞたいへだろうと想像しますが、まさに建築家の考え方に深く共感し、自分たちの建築として大事に使っていこうという事業主の強い意志に感動を覚えます。

藤森さんは雑誌新建築2015年7月号で本作メインショップ棟の完成時に寄せた文章の中で、自身がそれまで試みた建築緑化の成否について言及し「4勝5敗で負け越している」と素直に告白されています。挑戦することの困難さ、さらにその挑戦を受け止めてくれる事業主の懐の深さに感銘を覚えるエピソードですが、今回たねやの社長さんは、4勝5敗の建築家に仕事を依頼し、建築家を心底信頼して、さらなる新たな挑戦の機会を与えたわけです。

同じ雑誌新建築2017年1月号での藤森さんによれば、たねやの社長さんは、別の設計組織ですでに実施設計や確認申請が完了していた段階にもかかわらず、全て白紙に戻して藤森さんにこの仕事を依頼したとの事。すごい話です。別の設計者から見ればたまったものではありませんね。ちょっとあの国立競技場のザハ・ハディト案の白紙撤回を思い出してしまいます。ザハ・ハディトは生前、その決定に異を唱えていましたが、さて別の設計組織の設計者は出来上がったこの建築を見てどのような思いだったのでしょうか。同業者として聞いてみたい衝動にかられます。

ただいずれにせよ、この建築の完成と草屋根の成功という大金星によって、藤森さんの戦績が5勝5敗の五分になったことは間違いがありません。     工事の着工後に急遽決まったという本社の隣のカステラショップのインテリア。栗の柱が林立しています。  

  田んぼ越しに見える水平線の緑は、回廊の草屋根で、敷地と背後の山並みの間にあってすんなり景観に溶け込んでいます。少し残念なのは写真左側に見えるフードガレージの建物のR屋根が、敷地全体と周囲の景観の中ではやや唐突に見えることです。調査不足で不明ですが、この建物に限っては藤森さんの設計ではないように思えます。 間違っていたらごめんなさい。ただこのフードガレージ、時間が無くてゆっくり見れなかったのですが・・R屋根の大空間の下、ロンドンバスやシトロエンのトラックでマカロンなどを販売していて、ショップとしてはなかなか面白そうな場所でした。周囲のロケーションとはあまり脈路がないとはいえ、事業主の自由な発想で造られているようです。  

  よく見ると下部に車輪がついている移動式のショップ。外装は、藤森さんの指導のもと、職員の皆さんが手作りで仕上げられたとの事です。自分たちでも出来ることは、設計者や工事業者と一緒になって汗を流し、楽しみながら自分たちの施設をつくりあげていく事業主の姿勢は素晴らしいですね。    

  田んぼの廻りをめぐる散策路になっている草屋根の回廊はこんな感じ。シンプルで簡素。天井の垂木とその間の白い漆喰が縞模様に見えます。     マスクをつけたバウムクーヘンの穴の向こうで、自分もマスク姿で記念撮影に応じているのは私の家内の陽子さん。ブログ初登場です!  

  植樹で森をつくり、田畑を耕し、自社農園での共同研究など、「お菓子の素材は自然の恵み(たねやHPより)」と捉え、自然を通して人と人とが繋がる場をつくりたいとの思いでこの広大な施設はつくられているようです。SDGsを含め、とりわけ自然というものを大切に考える中で、単なるお菓子屋さんの枠にとどまらないグローバルな事業主の発想が、藤森建築と共鳴したのでしょう。近江八幡という地から世界へ発信したいという心意気が感じられる素敵な場所でした。既に琵琶湖の観光名所となっていますが、これから、さらに新たな施設が付け加えられることで、今後この場所がどう成長し、どのような情報発信をしてくれるのか・・とても楽しみです。  

<了>

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