ザハ・ハディドさん死去

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2016.04.01

仕切り直し前の新国立競技場のデザインを手掛けた女性建築家、ザハ・ハディドさんが急死した、とのニュースが飛び込んで来ました。気管支炎で入院治療中のところ、急な心臓発作で亡くなったとのことですが・・・病院内での出来事なのにかかわらず、病院側がどうして対応できなかったのか?率直に疑問が残ります。   新国立競技場の新たな採用案が自分たちの案を下敷きにしていると強く主張して、法的手段の可能性まで示唆し、これまでの設計報酬の支払いについてもJSCとの間で協議中であったこの時期の急死だけに、なんとも釈然としない印象は拭えません。そして、ザハ氏自身、思いもかけずに訪れたであろう自らの死の瞬間を果たしてどんな思いで迎えたのだろうか・・と想像すると、やりきれない思いにかられます。   当初の彼女のデザインが、あの新国立競技場の建つ神宮外苑のコンテクストにふさわしいものであったかどうかは別として、初期案における曲線のもつ流麗さとダイナミズムを大胆に駆使したエキセントリックな造形は、他の案に比して群をぬいて独創的でした。アンビルドの女王と呼ばれ、その斬新な造形に建築技術がついてこれない時期もあったようですが、近年の建築技術の長足の進歩と建築予算に寛容な事業主にも支えられ、世界各国で独創的な作品を生みだしてきました。   享年65歳、アラブ社会で生まれた女性建築家が、これだけの実績を積み上げてこられたのは、彼女自身と努力と天賦の才能はもちろんですが、やはり建築業界では奇跡と言っていいでしょう。一人の建築家の傑出した才能が世界中の国家的プロジェクトを動かしていくことが出来るんだ!・・という建築設計を志す者たちが抱く夢を、まさにダイナミックに実現した偉大で稀有な建築家の一人といえます。   晩年の新国立競技場計画での日本との関わりが、ザハさんの中でおそらく良い思い出では終わらなかったであろうことについては、日本人建築家の端くれとして申し分けない気持ちになります。もう、新国立競技場問題でザハさんを否定的に捉えるのはやめにしましょう!   ザハ・ハディドさんを筆頭とする設計チームが遺した遺産は、新しい設計者がいくら否定しようとも、おそらくベーシックなスタジアム部分で継承されていると私は思います。もちろんこのような状況になったのは、コンペの進め方自体に問題があった事は否めませんが、今となってはJSCも新しい設計者も、前案を継承した部分は素直に認めた上で、ザハ事務所との著作権(道義上の)問題にも、適切に対処してもらいたいものです。   謹んでザハさんのご冥福をお祈りいたします。   最後に建築家の磯崎新氏が、親しい建築関係者に送付したとされるザハ氏を追悼する痛切な手記を紹介しておきます。 出典はコチラ。http://www.buzzfeed.com/daichi/isozaki-note-for-zaha#.by8NELBMjM   そのイメージの片鱗が、あと数年で極東の島国に実現する予定であった。ところがあらたに戦争を準備しているこの国の政府は、ザハ・ハディドのイメージを五輪誘致の切り札に利用しながら、プロジェクトの制御に失敗し、巧妙に操作された世論の排外主義を頼んで廃案にしてしまった。その迷走劇に巻き込まれたザハ本人はプロフェッショナルな建築家として、一貫した姿勢を崩さなかった。だがその心労の程ははかり知れない。   〈建築〉が暗殺されたのだ。   あらためて、私は憤っている。 彼女の内部にひそむ可能性として体現されていた〈建築〉の姿が消えたのだ。はかり知れない損失である。

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シンポジウム「B案の主旨 新国立競技場コンペティションを振り返る」

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2016.02.17

「昨秋行われた新国立競技場のコンペティションの結果は既に御承知の通りですが、メディアでは表層のみが伝えられ、その真意が必ずしも正確に報道されているとは思われません。

そこで私達はB案の当事者及び審査員、批評家の方々を迎え、コンペティションにのぞんだ経緯、提案の主旨等を語っていただき、このプロジェクトの意義を問い直すことによって、今後の建築界や社会への理解を深める機会にしたいと思います。

小島一浩、千葉学、塚本由晴、柳澤潤、横河健(五十音順)」

  上記の趣旨で、平成28年2月9日、シンポジウムが開催されました。その模様がYou Tubeで公開されていますので、とりあえずご紹介します。   https://www.youtube.com/watch?v=qxVOA45g2oQ&feature=youtu.be   今回のコンペの経過や結果に対して、大いなる「モヤモヤ感」を抱く建築家有志が、伊東さんを始めB案チームの担当者に声をかけて、このシンポジウムが実現したとの事です。2時間以上に及ぶこのシンポジウムを通して感じたことは・・・   まず第一に、B案がいかに独創的で完成度の高い提案であり、各担当者が見事なチームワークで情熱的にこのコンペに取り組んだ素晴らしい成果である事が改めてよく理解できました。   次にやはり、このコンペの審査過程が果たして適切でフェアなものであったのか・・という疑いがより増幅されたという事でしょう。審査員の一人であった香山先生も、各審査項目の評価点を機械的に積み上げた合計点で評価する採点方法 や、審査委員が各々どのような評点をつけたのかを公表しない審査の進め方に対して、素直に疑問を呈しておられます。 私が一番疑問に感じるのは、一度審査委員で「仮採点」をしてから、一時間程度審査員の間で自由に議論をした後に改めて採点をした結果、A案の合計点がB案を上回ったのだという、コンペの結果発表時の審査委員長の説明の部分です。 この「仮採点」の結果がどうであったのか、そしてこの「仮採点」を踏まえて審査委員の間でどのような議論が為されたのか、ということが、JSCから発表されている議事録でも一切公開されていません。そして最終評価において、A者及びB者に対してどの審査委員が各々の審査項目に何点を入れたのかといった内訳が、おそらく審査員自身も分からない・・といった状況では、審査員の先生方も事務局が集計した採点結果を信じて受け入れる他ないということですね。 ここは、やはり極めて不透明であり、事務局が集計の段階で(本命のAグループを通すために)得点を操作したのではないか?といった疑惑を打ち消すためにも、JSCは各審査委員が付けた配点の詳細を、(匿名でも良いので)きちんと公開すべきです。 このシンポジウムでの「審査の過程では、B案についてネガティブな評価はほとんど出ていなかった」という香山先生のお話に納得し、ますますその意を強くした次第です。   そして何と言っても印象に残ったのは、工期とコストが配点の半分を占める設計施工一体型のコンペ、そしてコンペ前からA者が本命というアウェー状態を十分承知の上で、「今の時代建築家の役割とは何なのかを問い、この官僚支配社会に対して、個人の建築家の存在感を何としても示したかった」という伊東氏の言葉です。 司会の中沢新一氏の表現を借りれば、建築家としての「フェアーな精神」でチームをまとめ上げながら、「大阪の陣の真田幸村のごとく最後まで情熱を傾けて取り組んだ」伊東氏の姿は、我々建築設計に関わる者すべてに、熱く強いメッセージを発しています。  

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閉館間近の 神奈川県立近代美術館 鎌倉 探訪

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2016.01.29

2016年1月31日で一般公開を終了するモダニズム建築の名作、神奈川県立近代美術館をこの目に焼きつけようと、鎌倉まで出向きました。 ますは新幹線車中からの富士山の雄姿をご紹介。運よく好天にめぐまれ、先の寒波で、山頂にたっぷりと雪をいただいた見事な姿を撮影できました。     昼過ぎに鎌倉駅を降りると、平日にもかかわらず結構な賑わいぶりにびっくり。鎌倉観光スポットでお馴染み小町通り商店街を、お洒落な店主さんたちの呼び込みの声を聞きながら徒歩10分あまり歩いて美術館に到着。チケット売り場にはすでに行列が出来ていて、みんな思い思いにこのシンボリックで端正な正面外観を眺めながら、記念撮影などに興じています。     1951年、ル・コルビジェに師事した坂倉準三の設計で、鶴岡八幡宮の敷地内に日本で最初の公立の近代美術館として開館したこの建物は、65年に亘ってこの地で人々に愛され続けてきましたが、まもなく美術館としての役割を終えようとしています。モダニズム建築としての歴史的な評価も高く、閉館後は鶴岡八幡宮の施設として引き続き利用されることが決まっているとの事です。 コルビジェの建築思想に基いて、1階はピロティー形式として建物を持ち上げ、隣接する「平家池」にせり出す2階部分を繊細な鉄骨の列柱が支えるその姿には、近代建築と、桂離宮に代表される日本建築の伝統的な空間の趣きとを融合しようという意図が、強く感じられます。私は不覚にもこの建物を実際に見たのは初めてだったのですが、池や中庭などの外部空間が建築の中に巧みに取り込まれ、周辺環境と建築の各部分が連続し一体化したこの空間の心地良さは、やはり実際に体験してみないとわかりません。外部空間の要所に配された彫刻たちも生き生きとしていて、まさに「この場に最もふさわしい美術館」のあり方が提示されているのです。人々は単に美術品自体を鑑賞するだけではなく、この気持ちのよい空間全体を全身で体感しながら、伸び伸びと思い思いの時を過ごすことが出来ます。この環境に身を置くことの何とも言えない心地良さが、この美術館が建築の専門家だけではなく、一般の人々に長く愛されてきた所以なのだと思えました。                         2階にある小さな喫茶室で「平家池」を眺めながら一服していると、ここで順番待ちをしている間に知り合ったと思しき熟年カップルが、仲良く入って来て一つの卓を囲んでいました。羨ましいな(笑)などと思いながら、聞くともなく聞いていると、女性の方は学生時代にこの建物を訪れた時の思い出などを懐かしそうに語っておられ、この建物が育んできた時間が、同じような感慨を持つ人たちの思いをつなぐ役割を果たしていることに感銘を受けました。「やっぱり建築も捨てたもんじゃない」建築を志した頃の情熱を少し思い出させてくれる時間でした。       隣接する新館は1966年に同じく坂倉準三の設計で増築されましたが、耐震性に問題があるとのことで、今は内部は公開されておらず、外観だけの見学となっていますが、こちらはコルテン鋼(錆びた鉄)を柱・梁に使用した日本建築の「真壁造り」をイメージさせる構造で、展示室はガラスのカーテンウォールで池と一体化する空間です。坂倉事務所在籍時にこの建物を担当した室伏氏のインタビュー映像がロビーで流されていたのですが、施主との打合せ前には、室伏氏が提案したガラスの多い展示空間に難色を示していた坂倉準三が、打合せの場で当時の副館長・土方定一氏も開放的な展示室が良いと思っていることが分かると「私もそう思っておりました!」とすかさず答えたという、思わず笑いをさそうエピソードが暴露(笑)されていて面白かったです。室伏氏も、もう50年経って時効だと考えたのでしょうね。     建物は「平家池」の対岸の道路に平行に配置されており、坂倉が池越しの眺めを重視していたことがわかります。今は対岸のレストランや道路沿いの植栽のせいで、その池越しの姿が充分に望めないのは残念ですが、レストラン近くの池のほとりからの外観を撮影することが出来ました。白い箱が宙に浮いたような2階建て本館と、真壁風の簡素な平屋建て新館との対比が明快です。   日帰りの駆け足探訪でしたが、優れた建築と共に存る「場の力」を、改めて実感することが出来た有意義な一日でした。  

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新国立競技場決定案(A案)と知的財産権について

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2016.01.19

新国立競技場実施案に選ばれたA案(隈研吾・梓設計・大成建設、以下A者案)が、白紙撤回された前回案に酷似しているとザハ・ハディド氏側からクレームがつきました。表層のデザインは異なっていても、スタジアムの構造や各室の配置がほぼザハ案を下敷きにしているというものです。隈研吾さんが会見で説明していたように、スタジアムという用途上、与えられた条件下で最適解を追求すれば自ずから同じような部分も出てくるとは思います。私自身、ザハ案とA案とを詳しく比較研究したわけではありませんが、ザハ氏のみならずA案に敗れたB案作成者の伊東豊雄さんまでが、結果発表後の記者会見で「A案はあまりに前回案に似ている。ザハ氏に訴えられるかもしれない」と発言されていたり、ネット上で両案を重ね合わせて類似点を指摘している記事などを見ると、やはりA案は一定程度ザハ案を下敷きにしている、と見ざるをえないのだろうと思います。 元々私は、仕切り直すとしても、完全な白紙撤回ではなく、これまで蓄積してきた設計上の成果を生かすためにも、新たな条件設定のもとで、前回と同じザハ氏を含む設計チームで進めるのが最良であろうと考えていましたので、今回の決定案が前回案を踏まえて作成されたとしても、むしろそれは、ある意味、理にかなった話だと思います。しかしながら白紙撤回後に改めて公募した公正であるべきコンペという場において、前回設計に携わった業者を含むチームが、明らかに前回案を下敷きとした提案をし、結果的に其の案が採用されたとすれば、その結果をどのように理解するのか?という問題でしょう。 ザハ氏側は前回案の知的財産権を主張しているようですが、そもそも前回案は、ザハ氏をデザイン監修者とし、その他複数の設計事務所の設計企業体の設計です。また今回「似ている」とされる部分が、一般的に著作権などの知的財産権の対象となるような芸術的であったり極めて独創的であったりするような部分ではなく、いわば実務的、機能的なレベルの話なので、ザハ氏側が、スタジアム部分の類似を根拠として法的な知的財産権を主張するのは、少し無理があるような気はします。(ザハ氏の心情はよく理解できますが) しかしながら、それまでかかった費用を支払ったとはいえ、ザハ氏を突然降ろして白紙撤回をうたいながら、結果的に別の設計者の名のもと、ザハ氏他案の一部を採用した、となればやはり、A者、そして特に事業者であるJSCの道義的な責任は免れないのではないか。伊東豊雄さんは、先の記者会見の場で「我々は極力前回案に似ないように十分注意払った」という主旨の発言をされていました。前案は敢て参考にはせず、一からこの建物を構想する困難な道を選択されたわけですが、技術者としての誇りと矜持を持った立派な態度だと思いました。一方でまた、A者、特に大成建設さんの側から見ると、それまでの経緯を考えれば、もうなりふりかまわずこの仕事を取りに行かなければならなかった事情も重々理解出来るのです。 そもそも事業者であるJSCとしては、すでに前回案の設計に膨大な費用をかけているわけですから、やむを得ない仕切り直しにあたっては、これを無駄にしないで正々堂々とそれらの成果を生かせるような進め方をするべきでした。今回の騒動を見れば、「白紙撤回で再公募」という選択は、やはり結果的に間違っていたといわざるを得ないように思います。先日ザハ氏側が、「JSCから、残りの設計費用を全て支払うので、今回の著作権問題について今後一切発言しないように求められたが拒否した」と明らかにしていることからも、JSC側が、この問題の責任を自覚し、金銭的解決を図ろうとしているのがうかがえます。ここでまた国民の血税が使われようとしているのです。JSCはこの問題に関して、ザハ氏側と胸襟を開いた話し合いを速やかに行った上で、国民が理解できるようなきっちりとした説明をすべきではないでしょうか。  

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新国立競技場の事業者が決定

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2015.12.29

仕切り直し後コンペで、2者の一騎打ちとなっていた新国立競技場の設計・施工チームが決定しました。工程計画についての信頼性が評価された結果、選ばれたのはA者こと、大成建設、隈研吾さん、梓設計グループ。設計内容自体の優劣を示す「施設計画」では、B者こと、竹中・清水・大林JB、伊東豊雄さん、日本設計のグループが上回っていたのにもかかわらず、上記の結果でした。私は、改めて両者の技術提案書を見返して見たのですが、どう読み込んでも、工程計画について、A者がB者を明らかに大きく上回っている事を示すような内容は身受けられませんでした。両者とも建物の完成は2019年11月となっており、工期自体は、A者が36ヶ月、B者の方は設計を含む準備期間を2ヶ月多く見ているため、本工事着工後は34ヶ月で完成という内訳となっています。この事はごくごく普通に客観的に見れば、工期について両者には差が無いと見るべきです。事業者決定時点での記者会見の場でも、複数の記者から、工程計画で差がついたのは具体的にどのような内容なのか、という質問が出されましたが、審査員の先生方からは、明確な説明はありませんでした。 元々このコンペは、白紙撤回前にスタジアム本体を受注していて、資材の発注や労務の手配でアドバンテージのあった大成建設グループが有利であると言われていました。大成建設側からすれば白紙撤回の結果、千数百億円のスタジアム本体工事の契約が突然にキャンセルになったわけですから、大変な事態です。そのような経緯の中では、発注者の側でも、今回コンペで改めて「大成建設にやらせたい」、あるいは「大成建設にやらせざるをえないだろう」の心理と共に、「資材や労務も手配が済んでいる大成建設ならば、工期的にも安心」との認識があった事は間違いがないでしょう。つまるところ、A者に決まったのは、技術提案書の内容ではなく、はっきり言ってしまえば、コンペをやる前から勝負はついていたのではないでしょうか。そのような状況を充分に認識しながら、あくまでも技術提案書の内容を高める事に注力し、果敢にこのコンペに挑戦したB者の勇気と、建築に関わる者としての矜持は、最大限讃えられるべきです。 建築家の側から見れば、設計内容では明らかに相手を上回る評価を得ていながら、自分には直接関わりのない事情によって選定されない…いわば「試合に勝って勝負に負ける」という事態は、本当に悔しく忸怩たる思いです。あの温厚な人格者である伊東豊雄さんが、コンペ結果を受けての記者会見の場で、厳しい表情で審査についての不信感を表明されている姿をみて、私自身も建築家の端くれとして、自分のことのように悔しく情けない思いにかられました。 あの無謀とも言える白紙撤回によって、抜き差しならない状況になってしまった結果、何よりも工程上の安全を最優先せざるをえなくなったことがこのような事態を招いた原因であるのは、間違いがありません。建築家の能力を生かすも殺すも、所詮は発注する側事業者の姿勢次第。ある意味、建築家という職能の限界が建築家の側に冷徹に突きつけられたとも言えるのですが、逆に、建築家の側からどのような働きかけをすれば、建築についての確かな見識を持ち、社会にとってより良い建築を生み出すよう事業主を啓蒙していけるのか…を改めて考えるきっかけにすべきなのかもしれません。 そういった意味で、色々なことを考えさせられたコンペでした。伊東豊雄さんはじめB者の皆さま、技術提案書の内容は素晴らしかったです。本当にご苦労様でした!!        

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新国立競技場コンペ応募案公開!

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2015.12.17

新国立競技場仕切り直しコンペの応募案が公開されました。これまで報じられていた通り応募は2者のみ。A案(下の画像)が隈研吾さん+大成建設、B案(上の画像)が伊東豊雄さん+竹中工務店グループの提案です。ちなみにお蔵入りとなってしまったザハ案はこんな感じでした。     計画白紙撤回の後、工期とコストを何がなんでも遵守しなければならないために、設計と工事を合わせたコンペとされ、かつ、今後極めて短期間の内に設計から工事までまとめ上げるためには、これまでこのプロジェクトに関わったアドバンテージが無ければ現実的に難しい事などの理由により、結果的に上記の2者の一騎打ちとなりました。オリンピックのメインスタジアムのコンペとしては実に寂しい限りですが、これまでの事業者の迷走の末に、ここまで追い込まれてしまった結果、予想されたことですし、もう今となってはやむを得ないことと思わざるを得ません。しかし選択肢は限られているとはいえ、予め上記のように案が一般公開され、しかも2者だけの比較ですから、ある意味、短期間でわかりやすい議論が出来るのではないでしょうか。 技術提案書も全て公開されているので中身をざっと拝見しましたが、これだけの膨大な提案書をこの短期間でまとめ上げた2者の力量と情熱には本当に脱帽です。 上の画像で見るように、前回のザハ案とは大きく印象は異なりますね。ザハ案には、一見したところの強烈な個性とインパクトがあります。では今回提案された2者の案はコストと工期を重視するあまり、ザハ案に比すれば凡庸な提案なんでしょうか。私は決してそうは思いません。      A案                  B案   2案共、工事費はほぼ上限に近い1500億円弱。この金額が果たして妥当なのかどうか、今の私には正確に判断することはできませんが、少なくとも今の厳しい労務事情の中、極めてタイトな工期と予算を踏まえた上で、各々のチームが英知を絞り、この国家的プロジェクトを成功に導くために最善を尽くした結果であることは、充分に伝わってくるのです。では、どちらの案がよりふさわしいのか。ズバリ、私の個人的な意見は…断トツでB案です。 B案は驚くほどシンプルですが、優れてモニュメンタルなシンボル性を持っていると思います。屋根を支える72本の木造の柱が、整然と並び、白磁のように美しく仕上げられたすり鉢状の観覧席の背面との間に、回廊空間が設けられています。その姿はオリンピックという祝祭空間にふさわしく力強い神殿のような佇まいで、極めて日本的です。(チームの技術提案書には、縄文時代の遺跡に範を取った旨が記載されています) この1.5メートル角の木造柱が整然と並ぶ様を、早く見てみたい気にさせられるのです。ここでは、詳しく書ききれませんが、伊東豊雄さんらしさも随所に感じられます。 一方のA案は、スタジアム内の天井に木材をふんだんに用い、外観に多重に回した庇の上げ裏には、隈研吾さんらしく木製ルーバーが設えられています。いわば、たいへんわかりやすい和風のデザインと言えるでしょう。また、庇の先端上部は緑化されて神宮の緑との一体化が図られています。しかし、私にはどこか既視感があり、正直なところ、はっとする独創性のようなものはあまり感じられませんでした。幾重にも庇の重なった外観も、B案の力強く簡潔な外観に比すると、ややもすると猥雑に見えてしまうのです。 以上は、あくまでも、私の第一印象にすぎず、もちろん今後様々な角度から、総合的に比較検証されなければいけないのは言うまでもありません。年末まで充分に議論が尽くされた結果、私の個人的な直感が叶うようなら、たいへん嬉しいのですが.......。

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UR名作団地のリニューアル

UR住吉団地外観

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2015.10.23

  住吉大社にほど近いUR住吉団地、1階エントランス廻りのリニューアル設計を私の事務所で手掛けました。40年以上も前に建てられたこの団地ですが、今でも決して古さを感じさせない斬新な外観をしています。垂直線を強調したエレベータコア廻り、周到にディテールやプロポーションが考慮され、繊細な和のテイストを感じさせる分節されたバルコニー等、隅々までこだわったデザインは、独自の存在感を放っていて、数多いUR団地の中でも指折りの名作といえるでしょう。          この団地のもう一つの特徴は、1階の全てが、壁のないピロティー空間となっていることです。そのために1階のエントランスや自転車置場は、外部と一体化して、各棟ごとに分断されずに互いに繋がり、見通しも良く開放的で明るい空間となっているのです。        改修前の1 階は上の写真のような状態でした。グランドレベルには、自転車置場とメールコーナーが、そこから少し上がった位置にエントランスとエレベータホールがあります。エントランス廻りには、外観とは対照的に曲線をモチーフとしたたまり場のようなスペースが設けられていたのですが、あまり利用されていませんでした。一方、グランドレベルの方は自転車の台数が大変多く、メールコーナーと同じレベルのため、たがいに干渉し合っていささか雑然とした印象になっていました。 そこで、現状のピロティー空間の伸びやかさを生かしながら、メールコーナーをエントランスと同じレベルに上げて再構築、柱や壁面の素材も一新して、エントランス廻りのバリューアップを図りつつ、自転車置場スペースも広げる計画となりました。                     メールボックスは、白い大理石で造ったフレームの中にしっかりと組み込みました。フレームの下部に設えた隠し照明によって、既存の床と対比させています。 独立柱は、凹凸のあるボーダータイルで仕上げ、柱上部に新たに設けた照明ボックスからの間接光が効果的に見えるよう配慮しています。

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新国立競技場仕切り直しのプロポーザル

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2015.09.26

計画白紙撤回後、大幅にスペックを見直した上で実施された公募型プロポーザルの参加登録が、9月18日に締め切られました。コストや工程が重要課題とされ、建設企業も含めた今回のプロポーザルに応募したのは、わずかに2グループのみという結果。見直し前の計画でスタジアム部分の施工が決まっており、作業員や資材の手配をすでに進めていた事や、かって旧国立競技場の施工も手がけた経緯もあって、本件の受注に並々ならぬ意欲を示している大成建設グループに、同じく元の計画で屋根部分の工事を担当する予定だった竹中工務店が、清水建設と大林組の大手2社とタックを組んで挑む構図となりました。大成グループの設計は、元の計画でも参画していた梓設計と隈研吾氏、竹中グループには、同じく元の計画に関わった日本設計に伊東豊雄氏が加わっています。元のコンペにもシンプルで明快な案で応募されていた伊東豊雄氏は、ザハ案に異をとなえ、旧競技場を残した改修計画を独自に提案されており、近年では私が最も尊敬する建築家の一人です。 計画を白紙撤回までして仕切り直したプロポーザルで、結局参加グループが2社というのは寂しい限りですが、施設の規模や工期、求められる高度な技術力などから見て、この工事を担えるには大手5社クラスだけだろうと見られている事からすれば、予想された結果だと言えるでしょう。であるならば、わざわざ白紙撤回までして再公募をかけなくとも(結局は、元計画に深く関わった企業が中心となって応募しているわけです)、ザハ氏を含む元のグループに新たな条件を伝えた上で、彼らのこれまでの膨大な蓄積を無駄にしない形で、改めて見直し設計を進めるという選択肢は、果たして無かったのでしょうか。元案のコストアップの原因が、巷で流布しているようなザハ氏のデザインだけの問題では決して無いのですから、少なくとも前回コンペでザハ氏という建築家を選んだ限りは、事業主としての責任においても、その可能性をまずは探るべきだったように私は思います。 ザハ氏は、元の計画で一緒だった日建設計と共に今回も再挑戦する意思を示していましたが、結局タッグを組む建設企業が見つからず、参加を断念しました。ザハ氏は、英国BBCのラジオ番組のインタビューで、今回の新国立競技場問題は「スキャンダル」であると述べて、強い憤りを表明したとの事です。私が、もし仮にザハ氏と同じ立場だったとしたら、(そんなことは100パーセントあり得ませんが・・笑)おそらく同じように感じるだろうと思います。ザハ氏、そしてザハ氏と共に、グループの中心になって設計を進めていた日建設計には本当に気の毒な結果となりました。 今回のプロポーザルの審査基準では、全体の評価点140点の内、コストと工期が半分の70点、計画のコンセプトやデザインが50点、業務に取り組む姿勢や体制が20点という配分となっていて、コスト優先の考え方がはっきりと示されています。ですが、今回は工事費の上限が1550億円と明記されているため、おそらくどちらのグループも、その上限に近い工事費を提示してくるのではないでしょうか。(これはもう2グループの間での暗黙の諒解・・といったら言い過ぎでしょうか?) ですから、今回のプロポーザルは、2グループの間でおそらく工事費に大差はつかない中、与えられた条件をしっかりとクリアーした上で、1550億円の範囲で、どれだけ魅力的で優れた提案が出来るかということになるでしょう。 これまでの経緯を見れば、この世界が注目する国家的プロジェクトの進め方としては、あまりにもお粗末であったと言うしかありませんが、私は、この「わずか2ヶ月で多岐にわたる提案書をまとめ、来年1年で実施設計を全て完了し、その後約3年の工期で、2020年の初めには確実に工事を完成させる」という、この極めて過酷で困難な突貫プロジェクトに、果敢に挑もうとしている2グループに、深い敬意を表します。そして、色々あったけど結果的には素晴らしいのが出来たね!とみんなで喜べるような競技場になって欲しいと、建築に関わる一人として切に願うものです。 伊東豊雄さん、頑張れ!!

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新国立競技場計画白紙撤回は英断か

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2015.08.27

ザハ、ハディト氏が、新国立競技場計画白紙撤回に、ビデオメッセージで反論し、これまで膨大なコストと労力を費やして蓄積してきた成果を無に帰してしまうことのリスクを最大限考慮すべきである事、そしてコストの高騰は、デザインのせいでは無く、競争原理が働かない中でゼネコンを選定したためである、などと主張しました。 私は、元よりハディト氏のデザインを支持していたわけではなく、むしろ、あの場所に、あのような巨大かつ奇怪ともいうべき建物を建てる事のリスクをかなり危惧していたのですが、今回のハディト氏の意見には、同感できる点が多々ありました。道半ばで、いきなりハシゴを外されたハディト氏の忸怩たる思いは置くとしても、これまでの成果を全てリセットして一から仕切り直すには時間が無さ過ぎるし、すでに費やされたコストを考えれば、あまりにも勿体無い。一見いさぎよい安倍さんの白紙撤回は英断だと持ち上げる人もいますが、私から言わせればとんでもない話で、あまりにも遅きに失した結果のお粗末な判断としか言いようがない。当事者の身にもなってみろよという訳ですよね。 これまでの成果をいかに生かした形で真に求められるものを創り上げることができるか、これからが正念場といえますが、コストを合わすために設計と工事を一体化して募るとなれば、まさにハディト氏の言うように、再びコストについての競争原理が働かない危惧もあるわけで、コストは安いけど凡庸で中途半端なものになってしまったら元も子もありません。というわけで、しばらくの間、建築家のはしくれとしてこの問題から目が離せません。 私の事務所に応募資格があれば、頑張って提案するんだけどなあ(^○^)  

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