福井県年縞博物館探訪

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2024/08/21

 

美しいピロティ―の写真の次に紹介するのはこの建物の設計者である内藤廣さんの熱い言葉です。設計者がこれほどまでに工事を担当した人たちへのリスペクトを公に表明するのは異例と言って良いと思います。

その言葉通り、どこを取っても隙のない見事な仕上がりでした。優れた設計者の手による、また公的にもたいへん意義のある建物を創ることを意気に感じ、地元の力を結集し総力を挙げて取り組んだ建設会社の心意気が感じられ、感銘を受けます。

 

 

 

 

自分で書くのもいささか気恥ずかしいところもあるが、この建物のピロティ―のコンクリートは異様に美しい。ここしばらく見たことのない完成度の高い仕上がりである。打設時には竹を差し込んで揺するなど、手間ひまかけて作業した成果だ。小幅の杉板型枠だが、板の色変わりもない。継ぎ目の分離による色変わりも、気泡もクリープもほとんどない。これはこの現場の所長である今川隆浩さんの尽力と現場の職人の熱意によるものだ。コンクリートの打設はチームワークと士気だ、と言っていたのが印象に残る。地元建設会社の意地を見たような気がした。

今川所長の家は、現場から300mほどのところにある。生まれも育ちもこの町だ。みっともない仕事はできない、という矜持がある。職人たちも地元の顔見知りだ。もちろん規模にもよるが、本来、建設業とはこのような地続きのコミュニティーで行われるべきではないかと思った。ここには、恥の精神が生きているのである。恥ずかしい仕事はできない、という思いは現代では貴重なものになりつつある。

<―内藤廣―新建築2018年11月号より>

 

 

「年縞」という言葉は聞きなれない人も多いかと思いますが、毎年湖の底に積もっていく堆積物の事で、三方五湖の一つである水月湖には、様々な環境要因が重なった結果、奇跡的に7万年の間、深さ45mに渡って、プランクトンや鉄分、湖周辺の花粉や飛来した火山灰や黄砂、洪水の土砂などが途切れることなく堆積し、それが縞模様になって残っていました。

関係者の尽力でその完全な発掘作業に成功した水月湖の年縞は、年代決定の世界標準のものさしに採用され、世界の歴史、考古学に欠かせない役割を担うまでになっており、この奇跡の年縞を世に広く知らしめるため、2018年9月にこの年縞博物館が開館しました。

(以上、年縞博物館解説書より一部抜粋)

 

水月湖の年縞は特殊な技術で、光を透すほどにスライス、研磨されて2枚のガラスの間にはめ込まれ、全ての年縞の実物が45mに渡って展示されています。

必然的に建物は横に長い直截的な形状となって、水月湖の方に向かうよう配置されています。

湖と川が近い立地なので、冠水の影響を受けないよう鉄筋コンクリート造のピロティ―の上に展示室を持ち上げ、年縞を展示するための長大なコンクリートの壁の上の鉄骨トラスが、木造の大屋根を支えるというハイブリッドな構造。

極めて理に適った設計ですが、その明快で直截的な姿の美しさに心を奪われます。

 

 

 

アプローチ側の全景

 

 

 

開放的なピローティー越しに周辺の風景を見ながら向かうアプローチ

 

 

 

コンクリート壁の上に乗った鉄骨トラス

 

 

 

年縞が示す時代に関連した展示スペース。裏側の年縞展示室より広く、鉄骨トラスを支えるコンクリート壁は中央からズレている

 

 

 

45mに渡る実物の年縞展示がバックライトに浮かび上がる

 

 

 

長辺方向もトラス状になった鉄骨の架構と木造屋根。2mの豪雪にも耐えれる構造

 

 

 

2階床のコンクリートスラブを薄く見せるカーテンウォールのファサード

 

 

 

隣接の縄文博物館に呼応させた小山の上に2階展示室端部のカフェが面している

 

 

 

 

 

 

 

平屋の建物は立命館大の研究分室。建物周囲に雪囲いを設けた地域に根差した形式

 

 

 

 

 

建物一画にある建物の設計図面と建築賞の銘板

 

 

 

奇跡的な年縞の成り立ちを説明する三方五湖の展示パネル

 

 

 

隣接の縄文コロシアムと芝生広場

 

 

 

2000年竣工の若狭三方縄文博物館は、横内敏人さんの大力作。こちらは町営施設との事で、ややメンテナンスが充分でないのが残念

 

 

展示室でボランティアの方が、小学生の男の子に声をかけていました。「ボクは今何歳かな?」「9歳です」と男の子。「9歳か~じゃあこの年縞でいうとボクが生まれてから今まで、まだ数ミリだね」「え~っ」と驚く男の子。なるほど、とすると。。昨年古希を迎えた私でも、せいぜい数センチか~!

年縞博物館発行の解説書によれば、現代の安定した気候は氷期と氷期の間に束の間やってくる例外的な状態にすぎず、そんな気候の安定した時代であるからこそ文明が発達したのだと言います。これまでの歴史を見ると次の氷期は必ずやってくるはずであり、また一方で人間活動に起因する地球温暖化がこれまでの安定状態とはまったく違うモードに運びさってしまう可能性も否定できない、とのことです。

そう考えるとこの年縞が映し出す悠久の時の流れの中では、人間の一生などはごくごく小さく取るに足らないものであり、また今この世界全体が現在の人間のために存在しているのだ、という思い上がった意識などは、早々に改めるべきではないかと考えさせられます。

 

建物自体の素晴らしさに加え、年縞を通して先進的な現代の科学が導き出す地球や人類の歴史に、改めてじっくり想いを馳せることが出来る貴重な博物館です。

 

地元ボランティアの方の楽しく興味深い説明を聞きながら、目を輝かせて展示に見入る子供たちの姿が印象的でした。

 

<了>

 

 

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