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2024.08.21
美しいピロティ―の写真の次に紹介するのはこの建物の設計者である内藤廣さんの熱い言葉です。設計者がこれほどまでに工事を担当した人たちへのリスペクトを公に表明するのは異例と言って良いと思います。 その言葉通り、どこを取っても隙のない見事な仕上がりでした。優れた設計者の手による、また公的にもたいへん意義のある建物を創ることを意気に感じ、地元の力を結集し総力を挙げて取り組んだ建設会社の心意気が感じられ、感銘を受けます。 自分で書くのもいささか気恥ずかしいところもあるが、この建物のピロティ―のコンクリートは異様に美しい。ここしばらく見たことのない完成度の高い仕上がりである。打設時には竹を差し込んで揺するなど、手間ひまかけて作業した成果だ。小幅の杉板型枠だが、板の色変わりもない。継ぎ目の分離による色変わりも、気泡もクリープもほとんどない。これはこの現場の所長である今川隆浩さんの尽力と現場の職人の熱意によるものだ。コンクリートの打設はチームワークと士気だ、と言っていたのが印象に残る。地元建設会社の意地を見たような気がした。 今川所長の家は、現場から300mほどのところにある。生まれも育ちもこの町だ。みっともない仕事はできない、という矜持がある。職人たちも地元の顔見知りだ。もちろん規模にもよるが、本来、建設業とはこのような地続きのコミュニティーで行われるべきではないかと思った。ここには、恥の精神が生きているのである。恥ずかしい仕事はできない、という思いは現代では貴重なものになりつつある。 <―内藤廣―新建築2018年11月号より> 「年縞」という言葉は聞きなれない人も多いかと思いますが、毎年湖の底に積もっていく堆積物の事で、三方五湖の一つである水月湖には、様々な環境要因が重なった結果、奇跡的に7万年の間、深さ45mに渡って、プランクトンや鉄分、湖周辺の花粉や飛来した火山灰や黄砂、洪水の土砂などが途切れることなく堆積し、それが縞模様になって残っていました。 関係者の尽力でその完全な発掘作業に成功した水月湖の年縞は、年代決定の世界標準のものさしに採用され、世界の歴史、考古学に欠かせない役割を担うまでになっており、この奇跡の年縞を世に広く知らしめるため、2018年9月にこの年縞博物館が開館しました。 (以上、年縞博物館解説書より一部抜粋) 水月湖の年縞は特殊な技術で、光を透すほどにスライス、研磨されて2枚のガラスの間にはめ込まれ、全ての年縞の実物が45mに渡って展示されています。 必然的に建物は横に長い直截的な形状となって、水月湖の方に向かうよう配置されています。 湖と川が近い立地なので、冠水の影響を受けないよう鉄筋コンクリート造のピロティ―の上に展示室を持ち上げ、年縞を展示するための長大なコンクリートの壁の上の鉄骨トラスが、木造の大屋根を支えるというハイブリッドな構造。 極めて理に適った設計ですが、その明快で直截的な姿の美しさに心を奪われます。
アプローチ側の全景
開放的なピローティー越しに周辺の風景を見ながら向かうアプローチ
コンクリート壁の上に乗った鉄骨トラス
年縞が示す時代に関連した展示スペース。裏側の年縞展示室より広く、鉄骨トラスを支えるコンクリート壁は中央からズレている45mに渡る実物の年縞展示がバックライトに浮かび上がる
長辺方向もトラス状になった鉄骨の架構と木造屋根。2mの豪雪にも耐えれる構造
2階床のコンクリートスラブを薄く見せるカーテンウォールのファサード
隣接の縄文博物館に呼応させた小山の上に2階展示室端部のカフェが面している
平屋の建物は立命館大の研究分室。建物周囲に雪囲いを設けた地域に根差した形式
建物一画にある建物の設計図面と建築賞の銘板
奇跡的な年縞の成り立ちを説明する三方五湖の展示パネル
隣接の縄文コロシアムと芝生広場
2000年竣工の若狭三方縄文博物館は、横内敏人さんの大力作。こちらは町営施設との事で、ややメンテナンスが充分でないのが残念 展示室でボランティアの方が、小学生の男の子に声をかけていました。「ボクは今何歳かな?」「9歳です」と男の子。「9歳か~じゃあこの年縞でいうとボクが生まれてから今まで、まだ数ミリだね」「え~っ」と驚く男の子。なるほど、とすると。。昨年古希を迎えた私でも、せいぜい数センチか~! 年縞博物館発行の解説書によれば、現代の安定した気候は氷期と氷期の間に束の間やってくる例外的な状態にすぎず、そんな気候の安定した時代であるからこそ文明が発達したのだと言います。これまでの歴史を見ると次の氷期は必ずやってくるはずであり、また一方で人間活動に起因する地球温暖化がこれまでの安定状態とはまったく違うモードに運びさってしまう可能性も否定できない、とのことです。 そう考えるとこの年縞が映し出す悠久の時の流れの中では、人間の一生などはごくごく小さく取るに足らないものであり、また今この世界全体が現在の人間のために存在しているのだ、という思い上がった意識などは、早々に改めるべきではないかと考えさせられます。 建物自体の素晴らしさに加え、年縞を通して先進的な現代の科学が導き出す地球や人類の歴史に、改めてじっくり想いを馳せることが出来る貴重な博物館です。 地元ボランティアの方の楽しく興味深い説明を聞きながら、目を輝かせて展示に見入る子供たちの姿が印象的でした。<了>
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2023.09.16
この日(令和5年9月16日)は高校同窓会の幹事が集う実行委員会。オフィスでの同窓会案内の発送準備作業等を無事に終え、6人で同級生が出演予定のライブBarへと向かいました。 オフィスのある清水谷町から上町筋まで出たものの、地下鉄を使うのにはちょっと中途半端、タクシーもすぐにつかまりそうにないので、少し時間もある事だし、空堀商店街を通ってぶらぶら歩いていこうか、と言うことになりました 。
商店街を抜けて谷町筋に出たところで、一番早く飲みたがっていたY君が、タクシーがちょうど2台やってくるのを見つけ、すかさず手を挙げると、うまい具合に2台続けて停まってくれました。 すっかりウォーキングモードになっていた残りの5人でしたが、まあ早くビールにありつけるのもいいか!となり、3人ずつに分乗してライブ会場に向かうことに。もちろんワンメーターで、タクシーの運転手さんのご機嫌はあまり良ろしくなさそうです(笑)。 グルメなKさんと、この辺りの美味しいお店の話などをしている内に、あっという間に現地到着です。<了>
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2023.08.14
台風7号が日本のお盆を直撃する前の休日、今日しかないな!と思い立ち、南方熊楠記念館と並んで和歌山で一度は訪れて見たかった熊野古道なかへち美術館へ。 大阪から、紀の川サービスエリアで茶そばと天ぷらのランチタイムと、この時期にしては意外と軽めの道路渋滞をはさんで、のんびりドライブすること4時間あまり。 熊野本宮へと続く山間の道路沿いの一画に忽然と現れたガラスと鋼板で出来たシンプルな箱たち。高さを抑えたフラットルーフ平屋のファサードは、周囲の景観を決して損なうことはなく、ごく自然にこの歴史ある場所と折り合いを付けたかのように佇んでいました。 1998年築の25年目。一度の改修工事を経たとはいえ、外装カラー鋼板のペコつきと色褪せ、外壁と屋根の簡素な取り合い部分の錆と汚れ、内部のホールへと続く天井裏への雨漏りの痕跡等々、歳月の流れを感じさせる箇所がいくつか見受けられました。 地方の小さな公共の美術館でありながら(いやそうであるからこそ。。)当時の新進気鋭の建築家(これが最初に手掛けた美術館。今や世界的に活躍されています)を起用して生まれた優れた建築ですが、一方でこの種の建築の維持管理の難しさを感じさせられました。 建築というものは、その場所との折り合いをつけると同時に、その先に続く永い歳月との折り合いをいかにつけていくか。。という事も大切です。 関西の大先輩建築家、出江寛氏の「古美る」という言葉が思い起こされます。 受付のあるロビーからエントランス方向を望む。わずかに彎曲する壁面が来訪者を展示室へと誘います。 ここで少し気になったことが2つ。一つはガラス面に半分だけ降ろされたロールスクリーン。この時間は直射日光の差し込みもないので、出来る限りガラス面は開放してすっきりさせたいところ・・ もう一つは、このガラス面に固定された展示のためのホワイトボード。このボードに貼り付けられた展示ポスターのサイズが、正方形のホワイトボードと合っておらず、だらしなく紙が下にはみ出してしまっている・・ 細かいことばかりですが、こういった部分にしっかりと神経が行き届いていれば、その建築を大事に思う発注者の気持ちが伝わってきて、設計に携わるものとしては(自分の設計したものでなくても)ほっこり嬉しい気持ちになるのですが。。やや残念。 というか、こんなことが気になってしまい、純粋に肝心の展示を楽しめないのは設計を生業とする者の性か・・むしろそっちの方が残念なのかも。 上の写真は、この美術館で設計者の展示会が開催された時のパンフレット。よくよく見ないと読めない せじまかずよ という細長いたてがきのサインがかわいい。
ガラスのコーナーに設置されたアート作品。外の景色が借景となっています
このロビー(交流スペースと名付けられています)はいかにも妹島さんらしい空間。ツヤのある壁面のパネルが外の景色をほのかに映し出しています。地域の皆さんも含めた交流の場としても考えられているそうです。 真っ白な空間に白いテーブルと原色のチェアー。オレンジの入ったTシャツが映えそうだったので思わず自撮り(蛇足でした)壁面に穿たれた空調の吹き出し口
ロビー(交流スペース)から見えるのどかな川沿いの景観
屋外に置かれたアート作品
ロビー(交流スペース)の外観。5枚ある天井までのパネルは扉になっていて外部に開く仕掛け。ちょっと大層な印象ですが、川沿いの屋外スペースから自由に出入りできるような配慮か。。排煙口(火災時の煙の排出口)を兼ねているのかも知れません。 、左側の突出したグレーの箱が展示品の搬入口とストックヤードになっています
中央の曲面の壁の中は機械室。右側に突き出している箱の中はトイレ
建築の基本的な構成としては、中央に矩形の展示室を設け、ガラス貼の回廊がその周りに設けられていて、来訪者は外部の景色を眺めながら自由に巡れるようになっています。その回廊につながる一番眺めの良い川沿いの一画が上で紹介した交流スペースというわけです。 ガラスの回廊は、それ自体が展示ギャラリーのようにも使える一方で、貴重な作品のある展示室と外部空間とのバッファゾーンとしての役割もありそうです。 そして展示や回廊以外に美術館として必要な機能である、事務室・トイレ・機械室・作品の搬入口とストックヤードは、各々が独立した棟で出来ています。 それらの棟は、回廊のガラスと対比させたカラー鋼板貼で、一つ一つが突出した形状で本体の回廊に取り付いています。 俯瞰的にプランを見るのとは異なり、予備知識なく訪れた来訪者は、建物の外周をぐるりと回ってみて初めて全体構成が分かるわけですが、エントランス横の事務室の棟は、アプローチ側からの視線に対して広角で設けられていて、来訪者の視線を受け止めるような構成になっています(上の写真)。 歴史ある熊野古道の山間にアートを通した地域交流の拠点としてつくられたこの美術館。設計者の個性を表した斬新な建築ではあるけれど、簡素なディテールを用いながらボリュームを押さえて各部を分節し、周囲の自然の中に埋め込まれたその佇まいに気取りや威圧感などは無く、誰もが普段着でぶらりと立ち寄ることが出来そうな施設となっていました。 若かりし設計者の想いの入ったこの建物がこれからも大切に使われ続け、地域の人々や熊野古道を訪れる人々にもっともっと親しまれればいいな、と思いながら帰路につきました。<了>
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2023.06.14
大谷幸夫氏設計のモダニズム建築である国立京都国際会館。会議などのイベントの無い時に、ロビーやカフェ、レストラン等が一般公開されています。この日は運よく休日の土曜日だったこともあり、ゆっくりと見学することが出来ました。上の写真はメインエントランス側の外観。この建築が只者ではない雰囲気を漂わせながら来訪者を迎えてくれます。 メインエントランスからロビーへ向かう両側にくの字型の壁面を持った長い通路。台形と逆台形をモチーフに造形されているこの建物を象徴するかのように、重ね合わせた両手でやさしく来訪者を包み込むような空間です。トップサイドライトからの柔らかい光が、小叩き仕上げの上部コンクリート壁面を際立たせています。 全体の面積の7割を占めるというロビー空間。国際会議場として、様々なシチュエーションでロビー活動の舞台となることが想定されています
日本庭園に面したテラス席もあるカフェテリア
V字型柱のディテイル。アート作品と一体になっています
日本庭園側から見た外観
剣持勇氏デザインの六角形チェアのあるロビーからカフェテリア方向を望む
村野藤吾設計の宝ヶ池プリンスホテルに隣接しています
ニューホールは、モダンでシンプルな 佇まいです
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2023.06.08
磯崎新氏設計の京都北山にある京都コンサートホールでの音楽会
1階ホールを取り巻くスロープをゆっくりと昇って演奏会場であるアンサンブルホールムラタに向かいます。演奏会のあるアンサンブルホールムラタ前のホワイエ
さて、弦楽四重奏であるこの演奏会のプログラムには、ハイドン、ショスタコーヴィチときて、休憩後の演目には、キングクリムゾン、ピンクフロイド、エマーソン・レイク&パーマーと言った1960年後半から1970代半ば頃に流行したプログレッシブロックのアーティスト名が並びます。 弦楽四重奏でロック? 私が10年以上前から注目しているこのモルゴーア・クァルテットの4人組は、それぞれがクラシックの世界で活躍する一流の演奏家達。元々はショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を演奏するために1992年に結成されたそうですが、メンバーの一人である荒井英治氏のプログレ愛が高じて、プログレの名曲をレパートリーに加えるようになりました。 ショスタコーヴィチとプログレ、もっと言えばクラシックとプログレは、まあ何となく親和性がありそうですが、弦楽器の4器だけでロック、それも複雑なリズムや音調・音階を持ったプログレを演ろうというのは、無謀な試みと言っても過言ではありません。しかしながらこの4人組は見事にそれをやり遂げとげています。まさに4人だけのシンプルなステージセッティング
上の画像はモルゴーア・クァルテットの3枚のCD。1枚目の「21世紀の精神正常者たち」と2枚目の「原子心母の危機」は彼らのサイン入りです。 ・キングクリムゾン ・ピンクフロイド ・イエス ・エマーソン・レイク・&パーマー ・ジェネシス などいずれもプログレの大御所達の名曲ばかり。 CDのジャケットデザインやタイトルもウィットに富んでいて、クラシック畑の人たちがこんなCDだすのか~と嬉しくなります。 ともあれ百聞は一見にしかず。 YouTube から拝借した映像で、彼らの熱演を体感してみてください! ついでに過去のBlogから、キングクリムゾンのコンサートレポートはこちら。カテゴリ:
2023.05.27
六甲山の展望台にある六甲枝垂れ。建築後13年が経ってこの地にしっかり根付き、現在は「シダレミュージアム」として若手アーティストの作品とのコラボレーションが楽しめます。
展望台へのアプローチ
六甲山の自然を体現したと言えるこの建物は、冬場には雨水をためて氷を作って建物下部の氷室にストック。夏場は冷気を氷室から建物内部の「風室」に取り入れて上部から排出することで、自然な換気による涼風が体験できます。アーティスト達の紹介パンフとその作品たち
建物内の「風穴」から望む山の新緑
段々畑のようなひな壇に冬場は雨水を溜め、氷をつくる。氷室にストックされた氷は夏場訪れる人に、自然エネルギーを利用した涼を提供する。。過去に六甲の水が神戸で販売されていたことから着想されたという、この場所で建築を通して自然を循環させるアイデア。神戸と大阪の街への眺望。(夜は百万ドルの夜景に)
見晴らしの塔やテラス、カフェ等があるイングリッシュ・コッテージガーデンを望む
展望塔を覆うフレームには吉野ヒノキのチップが装着されていて、冬場の条件が整ったときには樹氷が見られます。カテゴリ:
2023.04.11
南紀白浜にある南方熊楠記念館。とある秋の休日、思い立って奈良市内の自宅から車を飛ばして昼過ぎに到着。 番所山公園のある白浜半島の高台に位置する2017年築の新館は、うっそうとした緑に覆われた石段を昇った先に、周辺の樹木と対話するかのようにたたずんでいました。 8か所のコンクリート打ち放しの半アーチとスレンダーな丸柱で支えられた1階ホールは、周囲の緑をが内部空間に浸潤する開放的な空間。2階の展示室エリアは一転して、柔らかく彎曲する白い壁で覆われた閉鎖的な空間となっています。奥には耐震改修を終えた本館があり、2階の展望ブリッジでこの新館と接続されています。 限られた敷地の中で、本館の耐震改修工事のための進入路にもなるピロティ―空間を確保しながら、周りの樹木や地形に沿い、この場の自然環境を損なうことの無いように配慮されたやさしい佇まいです。
本館への1階の動線となるピロティ―。天井に周囲の景色が映りこんでいます
ピロティ―の奥にある本館との接続部分。2階レベルで本館に繋がるブリッジ。半アーチと丸柱で支えられています。本館の前には既存を残したと思われる植栽が新旧の建物に寄り添うように立っています。 本館2階に展示されていた模型。右奥の60年代の典型的なモダニズム建築である本館は登録有形文化財に指定されています。この本館に対比して曲線主体の有機的な造形の新館は、周辺のコンテクストに馴染んで、この地にふさわしい新たな風景を生み出しているのがよくわかります。 上の写真は同じく本館2階、この建物の設計責任者で2016年に逝去された小嶋一浩氏の作品年表と、ガラスケースの中には複数の建築賞の賞状や受賞記念のトロフィー、及び設計主旨などをまとめたプレゼン資料が展示されています。完成した建物が設計者の優れた業績としてきちんと評価がなされ、こういったかたちで特別に展示コーナーが設けられていたことは、私達同業者としては、少しうらやましいけれど。。たいへん嬉しいことでもあり、大いに励みになりました。 1階ロビーの様子。休日なのにほとんど来訪者がいないのは寂しい。周囲の自然を室内に浸潤させることを意図した設計者の思惑とは裏腹に開口部の前にもパネルなどが並べられ、その他のグッズや什器等も比較的無造作に配置されていて、設計者によって注意深く造りこまれたこの空間が、やや雑然とした印象になっていたのは少し残念でした。 上の写真は1階ロビーにある案内板。新館と本館の関係、屋上からの光を取り込む大きなランタンや、館内で流れている2種類の音楽について説明されています。 内部空間の見せ場でもあるこの大きなランタンは、テキスタイルデザイナーの作品。屋上からの光の筒の中を、円筒状に蔦がからまって降りてきているかのようなイメージです。ランタンは細く割いたテープ状の細い生地(布)を編んでつくられており、よく見ると、何と一枚一枚の布には熊楠が書いた文字やイラストなどが転写されています。1階は周囲の緑が身近にある分やや光が入りにくいことから、屋上に設けたトップサイドライトから2階の展示室を円筒状にくりぬいて光を取り入れようという建築家の意図と、その円筒の中に南方の膨大な手作業の痕跡を一枚一枚に取り込んだ布で丁寧につくりこまれたランタンを吊るす。。というデザイナーの着想が合わさって、この南方熊楠記念館ならではの印象的な場となっています。しばし傍にたたずんで、この不思議なランタンの中を降りてくる柔らかな光を眺めていると、モノづくりの楽しさが伝わってきます。 1階ロビーから2階への階段。高さを抑えた窓から緑が垣間見え、抑え込んだ光が木の床を印象的に照らし、上部のスリットからの効果的な間接照明によって柔らかい曲面の壁が際立つ。上手いです! 2階の本館への通路でもある展望ブリッジ。横長の窓からは海を見晴らす広大な景色が望まれ、窓際のデスクでは関連資料が閲覧できます。右側の壁面には南方が出資者にあてた自筆の履歴書がはめ込まれています。これが圧巻でした。 彫りこまれた壁面の下段が、南方自筆の何と長さ8m近くにも及ぶ履歴書。受け取った方は、さぞぶったまげたことでしょう(笑)。この辺りが南方の真骨頂でしょうか、、物事に対する尋常ならざる集中力と徹底ぶりがうかがえます。 上の写真、下段が南方自筆のコピーですが、南方のような集中力に欠ける私には、ほぼ判読不可能でした(笑)。上段はその翻訳?としての説明書き。いやはや、これはこれで労作です。 2階の常設展示室側からみた展望ブリッジの様子です。常設展示室は残念ながら撮影不可でしたが、1階ロビーや展望ブリッジとは対照的に閉鎖的な空間で、丁寧な展示を見て多彩な南方ワールドが堪能できました。尚、1階ロビーの案内板にも書かれていましたが、館内を流れるパーカッション奏者による音楽は2種類あって、この常設展示室入口のガラス扉を境に分かれています(上の右側の写真)。この展示室の入口(陰と陽の境でもあります)に立つと、2つの音楽が交じり合ってもう一つの音楽が聴こえるという趣向です。美術館などでよくある作品解説をヘッドフォンで聞くのもいいですが、館内を流れる静かな音楽に心をゆだねながら、自分のペースで思い思いに展示や建築を楽しむのが、この記念館には合っているように思いました。そういう意味では来訪者が少ないのも良いことかも知れませんね。 上の写真左は展望ブリッジからの眺めです。写真右は本館側から見た展望ブリッジ。もしこの壁面のカーブが無かったら、もう少し単調で固い廊下になっていたように思います。さて、もう一つに楽しみは新館屋上からの雄大な景色です。
円月島がすぐ傍に見えます
南方にちなんだと思われるキノコ型の庇と、これも何かのメタファーかな?と思わせるベンチが楽しい。本館の円筒状の階段室が見えます
一番高いところにある展望台からの眺め。かなりの強風でした。
これが下階に光を届けるトップサイドライト。ランタンの上部は白い生地(布)でできています。天井にはランタンの周囲に照明が埋め込まれているので、おそらく夜間は灯台のように明かりが灯るのだと思います。上部に突き出たガーゴイルと床の雨落しは、1960年代のモダニズム建築である本館の円筒状階段室のデザインが踏襲されているようです。 私は南方熊楠については、恥ずかしながらほとんど予備知識もなくこの建物を訪れました。様々な展示を通して、始めて南方が残した業績の一端に触れることができましたが、そのフィールドの広さと深さにただただ驚嘆するばかりで、まだまだこの異能の才人を充分に理解できたとは思えません。今後も多くの研究者によってさらに検証されていくことでしょう。 ただこの南方熊楠記念館はそういった予備知識のあるなしに関わらず、周囲の自然環境に沿った良質な建築空間を体験しながら、訪れる人それぞれがゆっくりと南方ワールドを楽しめる施設となっています。 上の写真は南方マンダラの説明ですが、「森羅万象の相関関係」を示した絵図です。「この世界は因果関係が交錯し、さらにそれがお互いに連鎖して世界の現象となって現れている」。この絵図をプリントしたTシャツも販売されていました。このマンダラから着想を得て、この絵図を描いた展示室の入口のガラス扉が開いた瞬間に2つの音楽が交じりあって新たな3曲目が生まれる。。という音楽家独自のアイデアが生まれました。様々なジャンルにおいて南方が残した独自の世界観に基づく綿密な研究や社会活動の記録は、テキスタイルデザイナーが光の筒の中のランタンを創作したように、それを受けとる側各々の感性を刺激して新たな発想やアイデアを生み出すきっかけとなり、あるいは南方が自然保護の活動で示したように己の信念に基づいて行動する勇気を与えてくれるのかも知れません。 (2021年10月10日 田中啓文)<了>
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2023.01.07
m2022年の年末から2023年の年始まで、興味深い2つの展覧会が同時開催されている大阪中之島美術館を初めて訪れました。 これまでは、仕事の途中に近くを通りがかった時、黒く大きなボックスを見上げながら、仕事仲間と「結構色むらあるな~」、「縦目地のパネル割が大きなALC版みたいに見えへんか~」、「隣の国立国際美術館のステンレスフレームのオブジェが映えるように、黒い箱にしたんとちがうか~」等々、創った人の苦労もかえりみず、好き勝手なことを言って楽しんでいました。 今回初めて館内に入って、久々に大阪に良い建築が出来たな~と感心しました。 (公開コンペで選ばれた設計者が大阪人でないのは、やや残念ではありますが・・) 1~5階までパッサージュが立体的に繋がる内部空間は秀逸です。
4階パッサージュからの見下ろし
交差する2本のエスカレーターはメインフロアの2階から展示空間のある4階まで架け渡されており、各々昇り(行き)と下り(帰り)の一筆書きの動線となっています。 来訪者は、展示のある4階を見上げてワクワクしながら、エスカレーターで昇っていきます。4階の展示空間の途中にある休憩ロビーがアイストップになっています
パッサージュ4階天井の一部をくりぬき、5階を貫くトップライトから凝縮した自然光がふりそそぎます。天井に架け渡されているチューブ作品は、今回の「GUTAI-分化と統合」の特別展示。 4階と5階はそれぞれ別の展示スペースで、エスカレーター(昇りのみ)、エレベーター、階段の3種類の動線が用意されています。4~5階をつなぐ階段。踊り場には人のオブジェ
4~5階のパッサージュの様子。左側にガラス貼りのエレベーター
黒いボックスをくり抜くガラス窓から見る中之島の都市景観。建物の一つ一つはしっかり造られているが、全体の景観としてはやや雑多な印象 5階のパッサージュはシンプルな長方形平面で、両端にガラス窓。光天井のデイテールがやや無骨な気がしましたが、言うは易し、行うは難し。 展示鑑賞後の来訪者は、展示の余韻を楽しみながら、下りのエスカレーターから眼下に広がる立体的なパッサージュを人が行きかう景色を眺め、ゆっくりと降りていくというシチュエーション。ここがこの美術館一番の見せ場。さながら建物の中に小さな都市が内包されているようで、訪れる人にとって最も印象的な場面です(下の写真)。 下りエスカレーターからの眺め。視線は否が応でも下を向きます。右側に2階チケット売り場、左側に1階への階段。交差する昇りのエスカレーターが右端に見えます。下階1~2階の吹き抜けも、眼下にまたぎながら2階に到着。隣接する国立国際美術館エントランスゲートのステンレスパイプと、大阪市立科学館
メインフロアー2階は、誰でも自由にくつろげる広々とした空間。設計上は、展示室だけではなく各階のパッサージュでも、展示や催し等に対応できるようになっているそうです。 今後はこの豊かなパッサージュ空間がより有効に利用されることを期待したいです。 今回は、展示のある4階以上の階に行くためには、この2階にあるチケットコーナーで鑑賞券を購入しないといけなかったのですが、おしむらくは(管理上の工夫が必要であるとはいえ)、1階から5階までのパッサージュを来訪者が自由に行き来できるようになれば、より都市に開いた公共性のある美術館になることでしょう。ショップエリアと、ホールのある1階のパッサージュ。車寄せのある駐車場にもつながります
ショップエリアのインテリアショップとレストランは、街路からも直接アクセスできます
ヤノべケンジ作・巨大な猫の彫刻と、照明のオブジェがある芝生広場。
芝生広場から見る黒いボックスが浮遊しているように見えるファーサード。2階は建物外周の三方が全面ガラス貼りとなっていて、ショップのある1階と合わせて、敷地周辺との連続性が意図されています。 シンボリックなステンレスパイプのエントランスゲートから入場する隣接の国立国際美術館は、直下の地下1階がショップやレストランのあるパブリックゾーンとなっており、「都市に開かれた美術館(新建築誌2004年5月号)」として、2004年に開館しています。しかしながら、建物の殆どが地下にあるせいもあり、展示を見るために訪れる人々以外の誰もが気軽に立ち寄りたくなる美術館にはなっていないように思います。 それから18年を経て、ようやく開館したこの大阪中之島美術館。前述のように、1階・2階の都市との連続性が、内部の吹き抜けと立体的パッサージュによって、展示室のある4階・5階までつながり、より開かれた美術館であることは間違いありません。 国立国際美術館とも歩行者デッキで結ばれる予定とのことなので、国と市の2つの美術館が互いに連携しあい、大阪を代表する中之島の地で市民や観光客が気軽に集える文化的スポットとして、ますます発展して行って欲しいものです。(了)
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2022.09.30
建築家 石井修さんの娘さんで、中学・高校の先輩(最近知りました)でもある石井智子さんの著書「人=人生=建築 ユイイツムニの家」を、柳々堂さんの紹介で拝読させていただきました。 父のDNAを受けついで設計活動をされている著者が、人がいきいきと暮らす空間としての家はどうあるべきかを、写真とエッセイで綴った一冊。 自ら石井修さんの自邸である「回帰草案」で暮らした経験をふまえて、尊敬する父の言葉も引用しながら、緑豊かな外部の自然と一体化する空間で生活することの大切さ・素晴らしさが、著者 の人柄を感じさせるような飾り気のない素直な言葉で語られています。 建築家の文章によくある難解な表現は一切無いので、誰にも分かりやすく読みすすむことが出来て、読了後はほっこりした暖かい気持ちになれます。 この本が教えてくれる(建築家が)家をつくるにあたって大切なことは。。 ・その場の環境をしっかりと捉えて、外部空間との好ましい関係を構築すること ・そこで暮らすそれぞれの家族にとって最も相応しい家とはどうあるべきか、を考え尽くすこと ・生活する中で、手に触れるもの、目に触れるものを、細部まで丁寧にデザインすること ・周囲の風景を決してこわすことのない建築(中途半端な外面であれば見えない方が良い!)であること それらがしっかり実践できた時に初めて「ユイイツムニの家」が出来るのだ!と。 久しぶりに建築というものの原点を思い起こさせてもらった気がします。 建築を志す若い学生さんにもぜひ手に取って欲しい本だと思いました。
樹々に埋もれた回帰草案の外観
回帰草案へのアプローチ
中庭からガラス窓越しに見上げた風景
回帰草案の断面図。敷地の傾斜に沿って建てられている
緑豊かな外部が垣間見える廊下。左側が中庭の緑
2本の丸太の柱がある約8.1m角のリビング
造り付けの8人掛けのテーブルと椅子のあるダイニング。ここが石井修さんを囲む家族の語らいの場であったという 著者設計「伊賀の家」の緑豊かな中庭。壁・屋根がガラスの渡り廊下と木製サッシュに囲まれている(了)