KYOTOGRAPHIE 第10回京都国際写真祭 探訪 

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2022.05.10

  日曜日のお気に入りTV番組「日曜美術館」で紹介されていた京都グラフィー。今回は記念すべき第10回目とのことで、GWの好天の一日、久々の京都で会場めぐりを楽しみました。 まずは八竹庵(旧川崎家住宅)の総合案内所に向かいます。会場となっているのは、武田五一も設計に関与し大正期の数寄屋大工が手掛けたという、庭に開いた和風住宅にライト風の洋館を組み合わせた都市型住宅です。京都市指定有形文化財に登録されており、普段は公開されていないという貴重な建築とコラボする作品展示を楽しみながら、写真祭の概要をチェックです。  

   

参加アーティストにまつわる書籍が並べられています

       

伸びやかに庭に開いた開放的な座敷。とりわけ今の新緑の季節は最高です

   

縁側を利用した作品の展示

   

座敷の畳の上や土壁に、さりげなく自然に、作品が展示されています

      さて、次はイサベル・ムニョス×田中泯×山口源兵衛がコラボする、誉田屋源兵衛 黒蔵、奥座敷の展示へ。こちらも堂々とした京の町屋建築で、玄関を入っていくときからわくわくします。    

こちらも風情のある中庭です

       

田中泯が奄美大島の海中で舞う様をイサベル・ムニョスが撮影しています

   

      上の写真は、2層吹き抜けの円形ギャラリー。元々は大きな緞帳等製作のための大型織機が置かれていた蔵だったそうです。天井のクロス梁を丸柱が支える構造は、ル・コルビジェ設計の上野にある国立西洋美術館のエントランスホールを連想させます。案内係の方のお話を聞きながら順番待ちの後、正面の開いた扉の向こうにある赤い螺旋階段を上って、3階の展示空間に向かいます。    

  螺旋階段を上がり、トップライトからの光が降り注ぐ円形の空間には、3本の帯が展示されています。この帯の一部(写真のプリントのように見える部分)は、イサベル・ムニョスが撮影した写真を和紙にプラチナプリントし、西陣の職人がその和紙の裏にプラチナ箔を張り付けた後、細かく裁断して糸にし、それをまさに一糸乱れぬコンマミリ単位の精度で織り上げて写真を再生する、という手順で創られているそうです。ムニョスの写真が、京都の伝統的手法によって帯の中で再構築されることで、その写真作品が表現する世界がより際立つ・・。山口源兵衛氏のユニークな着想による斬新なコラボレーションの試みです。         見学を終えた皆さんが居なくなった頃に「さあ今のうちですよ!」と仰る案内係の方のお言葉に甘えて、写真撮影をお願いしました。帯は丁度私の背丈ほどのサイズで、このコラボに飛び入りで参加させてもらった気分。    

泥をかぶった後ろ姿は山口源兵衛氏

   

円形のギャラリーのある蔵の外観の見上げです。蔦のからまる「黒蔵」

      こちらは円形の蔵とは対照的な京町屋の土間空間。濃密な展示に熱中した後の心が、しばし癒されたところで、いざ次の展示へ!    

京都文化博物館 別館のエントランス

  三条通りを東に進み、烏丸通を渡って、京都文化博物館 別館のギイ・ブルダンの展示へと向かいました。     上の写真は2階のギャラリーからのワンショットです。らせん状に立ち並んだ壁に、ファッション写真家であるギイ・ブルダンの写真作品が整然と展示されています。    

重厚な様式美と、モダンでカラフルな展示壁の対比

          展示壁には随所にスリットや開口部が設けられていて、よくよく見ると、手前にある作品とスリットの向こう側の作品とが、関連づけられているのが分かります。           ギイ・ブルダンは緻密に構成された作風で知られていますが、まさにその作品とコラボするかのように、よく計算された展示空間の中、色々なシークエンスで彼の作品を楽しむことが出来ます。     様式建築としての場の力、秀逸な展示構成、ギイ・ブルダンの多様な作品が醸し出す明るい知性、等々に直に触れることが出来て、ここでも心地よい時間を過ごすことが出来ました。   これまで外れのない京都グラフィーの展示! 舞台は町屋建築から様式建築まで・・その時代や場を超えて、素敵な展示空間に仕立て上げてしまう自由な感性と懐の深さに、感心することしきりです。       前川国男設計、香山嘉夫改修設計の京都会館(ロームシアター京都)の広場に面して建つ京都市美術館 別館では、ファッション、ポートレート、静物、風景等々多岐に渡って、幅広く質の高い作風で知られる、アーヴィング・ベンの展示です。   京都会館は、現在は蔦屋書店やレストランが入って賑わっていますが、前川国男の代表作の一つにしてモダニズム建築の大傑作、オリジナルを尊重した香山嘉夫の改修設計も見事で、いつ見ても素晴らしいの一言です。上の写真のように、本展の会場である京都市美術館 別館の意匠と並ぶと、やや違和感を感じてしまうのは否めませんが、これもまた京都なのでしょう。       展示空間は、昨年竣工・本年開館した大阪市中之島美術館の設計を手掛けた遠藤克彦氏のデザインで、60度の角度を持った三角形の壁パネルの連続で構成されています。 鋭角な壁で囲まれた場所では、より被写体の持つ特徴が際立つ事、及び照明だけに頼らず自然光を取り入れて撮影するためには露光時間を長くする必要があり、両側を鋭角な壁に囲まれた場では被写体の動きも少なくてすむ、という考えにより、アーヴィング・ベンが撮影の場として好んだシチュエーションだそうで、遠藤克彦氏は展示構成にあたり、そのことに着想を得たそうです。 会場の一画にはグレーの鋭角な壁に囲まれた場が用意されていて、来訪者が自由にポートレートを撮影できるようになっていました。実は私もこの場所で撮影してもらいましたが、まさに被写体の特徴が際立った結果か・・あまり出来栄えがよろしくなかったので、ここでは割愛しています(笑)。                

グレー基調の鋭角な壁で構成された会場風景

   

建築家ル・コルビジェの肖像写真がありました。脚が長く見えて格好いいポーズです!

        この日最後に訪れたのは、嶋臺ギャラリーのマイムーナ・ゲレージの展示です。夕刻になってもこれだけの来訪者の列。日中はもっと多くて一時間近い待ちだったそうです。    

かって造り酒屋でもあったらしい会場の玄関を入ると、大きな井戸が鎮座

    イタリア系セネガル人アーティストであるマイムーナ・ゲレージの独特の世界観を言葉で語るのは私には荷が重いですが、写真表現の枠を超えて、見るものをくぎ付けにするパワーを持った作品群でした。          

ライティングがハートマークになっています。これも演出か?

       

個室では動画も上映。床に座ってゆっくりとゲレージの世界観を堪能

    京都グラフィー、今年初めて訪れましたが、やはり一日で回りきるのは厳しいようです。来年は、しっかり時間を確保して、ぜひまた訪れてみたいと思わせる催しでした。 コンセプト、会場の選定、展示内容と構成、参加アーティスト等々、どれをとっても想像以上にすばらしいもので、今後も京都を起点として、さらにグローバルに発信していける可能性を大いに感じました。関係者の皆さん全員に素直に敬意を表したいと思います。素敵な催しをありがとうございました!  

<了>

         

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2022年2月4日朝日新聞より

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2022.02.04

    朝日新聞より安藤忠雄さんの記事の切り抜き。建築の話ではなく生き方の話。 やはりこの人は只者では無かった。彼の創る建築同様、いやそれにも増して感銘を受けました。 ちょっとした身体の不調でも落ち込んでしまう我が身に、がつんと一発喝を入れられた感じです。

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たねや「ラ・コリーナ近江八幡」探訪

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2021.11.22

  遅ればせながらと言うべきでしょうか、秋の休日に、近江八幡にある和洋菓子のたねやグループのユニークな施設である「ラ・コリーナ」をようやく訪ねることが出来ました。 それも近江八幡に用があり、その帰途に車を走らせていたところ、偶然に「ラ・コリーナ」の看板を見つけ、急遽訪ねることにした次第です。 休日は駐車場に車を停めるのにもたいへんな混雑と聞いていましたが、この日は夕刻だったこともあり、待ち時間もなくすんなり駐車することが出来てラッキーでした。 さて竣工後まもなく7年になる草屋根の姿がどうなっているでしょうか。     言わずと知れた藤森照信さん(何故か、僕ら若輩でも思わずさん付けで呼びたくなる建築家です)の設計になるこの建築、駐車場を下りて一面クマザサが生い茂るアプローチの向こうには、シバに覆われた大屋根だけが見えるメインショップの建物が、背後の八幡山のシルエットをくずすことなく、風景の一部となってたたずんでいました。ショップは結構なボリュームですが、そのスケール感を全く感じさせません。建物の形状もとんがり屋根のてっぺんに一本の植樹(資料によれば高野槙)がされているなど、ユーモラスで親しみやすいものです。     施設全体の構成は上の案内板のような感じです。約11万㎡とされる広大な敷地に、様々なショップや、たねやの本社、農業施設、緑の回廊などがのびのびと配されています。まだまだ今後の建設予定もあるようです。     メインショップに入ってみると、アプローチの牧歌的な風景とは対照的にたいへんな賑わいでした。お目当ての焼き立てバームクーヘンを求めて長蛇の列が出来ていました。         ショップの中は屋根形状がそのまま表れていて、天窓から柔らかい光がふり注いでいます。漆喰塗の天井と天窓にまでちりまべられている黒いものは、木炭を細かく切ったものだそうで、 たねやの職員の方も工事に参加してみんなで仕上げたとの事です。洋菓子等のチョコチップのイメージでしょうか。遊び心のあるユニークなインテリアですね。吹き抜けに面した手摺のデザインなども、手作り風で、決して気取ったところがなく好感が持てます。  

窓辺の内観ディテール

    ショップの1階の一角には、歴史のあるたねやが、これまでたくさんのお菓子をつくってきた木型を綺麗に並べて、ディスプレーされていました。     メインショップを出て右側には、本社のある建物とその横にはカステラのショップが見えてきます。本社内部が見学できなかったのは少し残念。    

    見事に生い茂った草に覆われた外観!まるで日本の国の建物ではないかのようなバナキュラーな建築です。これだけの草屋根を維持管理してゆくのはさぞたいへだろうと想像しますが、まさに建築家の考え方に深く共感し、自分たちの建築として大事に使っていこうという事業主の強い意志に感動を覚えます。

藤森さんは雑誌新建築2015年7月号で本作メインショップ棟の完成時に寄せた文章の中で、自身がそれまで試みた建築緑化の成否について言及し「4勝5敗で負け越している」と素直に告白されています。挑戦することの困難さ、さらにその挑戦を受け止めてくれる事業主の懐の深さに感銘を覚えるエピソードですが、今回たねやの社長さんは、4勝5敗の建築家に仕事を依頼し、建築家を心底信頼して、さらなる新たな挑戦の機会を与えたわけです。

同じ雑誌新建築2017年1月号での藤森さんによれば、たねやの社長さんは、別の設計組織ですでに実施設計や確認申請が完了していた段階にもかかわらず、全て白紙に戻して藤森さんにこの仕事を依頼したとの事。すごい話です。別の設計者から見ればたまったものではありませんね。ちょっとあの国立競技場のザハ・ハディト案の白紙撤回を思い出してしまいます。ザハ・ハディトは生前、その決定に異を唱えていましたが、さて別の設計組織の設計者は出来上がったこの建築を見てどのような思いだったのでしょうか。同業者として聞いてみたい衝動にかられます。

ただいずれにせよ、この建築の完成と草屋根の成功という大金星によって、藤森さんの戦績が5勝5敗の五分になったことは間違いがありません。     工事の着工後に急遽決まったという本社の隣のカステラショップのインテリア。栗の柱が林立しています。  

  田んぼ越しに見える水平線の緑は、回廊の草屋根で、敷地と背後の山並みの間にあってすんなり景観に溶け込んでいます。少し残念なのは写真左側に見えるフードガレージの建物のR屋根が、敷地全体と周囲の景観の中ではやや唐突に見えることです。調査不足で不明ですが、この建物に限っては藤森さんの設計ではないように思えます。 間違っていたらごめんなさい。ただこのフードガレージ、時間が無くてゆっくり見れなかったのですが・・R屋根の大空間の下、ロンドンバスやシトロエンのトラックでマカロンなどを販売していて、ショップとしてはなかなか面白そうな場所でした。周囲のロケーションとはあまり脈路がないとはいえ、事業主の自由な発想で造られているようです。  

  よく見ると下部に車輪がついている移動式のショップ。外装は、藤森さんの指導のもと、職員の皆さんが手作りで仕上げられたとの事です。自分たちでも出来ることは、設計者や工事業者と一緒になって汗を流し、楽しみながら自分たちの施設をつくりあげていく事業主の姿勢は素晴らしいですね。    

  田んぼの廻りをめぐる散策路になっている草屋根の回廊はこんな感じ。シンプルで簡素。天井の垂木とその間の白い漆喰が縞模様に見えます。     マスクをつけたバウムクーヘンの穴の向こうで、自分もマスク姿で記念撮影に応じているのは私の家内の陽子さん。ブログ初登場です!  

  植樹で森をつくり、田畑を耕し、自社農園での共同研究など、「お菓子の素材は自然の恵み(たねやHPより)」と捉え、自然を通して人と人とが繋がる場をつくりたいとの思いでこの広大な施設はつくられているようです。SDGsを含め、とりわけ自然というものを大切に考える中で、単なるお菓子屋さんの枠にとどまらないグローバルな事業主の発想が、藤森建築と共鳴したのでしょう。近江八幡という地から世界へ発信したいという心意気が感じられる素敵な場所でした。既に琵琶湖の観光名所となっていますが、これから、さらに新たな施設が付け加えられることで、今後この場所がどう成長し、どのような情報発信をしてくれるのか・・とても楽しみです。  

<了>

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太陽の塔探訪

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2018.12.19

  10月にあべのハルカスの展覧会を楽しんだ後、たまたま事務所で万博公園内施設の改修工事に係わることになったのを機に、久しぶりに万博公園を訪れ、事前に予約してあった太陽の塔の内部を見学することができました。    

塔の周りのランドスケープは綺麗に整備されています

   

外観は少し汚れが目立ちますが、堂々の大迫力で訪れるものを迎えてくれます

   

内部のミュージアムへの見学は地下の入り口から入ります(写真中央左の黒い部分が玄関)

   

ミュージアムのアプローチにある案内版

   

ミュージアムの中は残念ながら写真撮影禁止となっていました。

入り口の銘板のロゴがちょっといい!

    地下の出入り口から、地底の太陽のある展示室に入り、生命の樹を取り囲む階段(かってはエスカレーターでしたが、軽量化のため階段に替えられています)をゆっくりと登りながら、随所でコンパニオンの方の説明を聞くことが出来ました。撮影禁止なので紹介できないのが残念ですが、内部の様子は、前回Blogの「あべのハルカス美術館太陽の塔展覧会」での模型写真などを参照くださいね。 腕の部分まで登ると腕内部の鉄骨製の骨組みがあらわれます。かってはこの腕の中を通ってお祭り広場の上の展示空間にいけるようになっていました。しかしよくぞこんな、まさにべらぼうなものを太郎は考え、この国家的プロジェクトで実現することが出来たものです。 2025年の大阪での万博開催が決定しましたが、さて同じ大阪で今度はどんな万博にすればよいのか・・次の万博は、太陽の塔のような象徴としての「モノ」を中心にすえるのではなく、世界中から万博に参加する(バーチャルでも参加できる?)人々の間で、どのようなアクティビティー(「コト」)を生み出すことが出来るのかを、考えることから始まるのかも知れません。    

塔の裏側の黒い太陽

   

前の芝生ではライトアップの準備中

塔の廻りの樹木も塔と調和するように配置されているように見えます

   

平日にもかかわらず隣接のエキスポシティーは結構な賑わいでした

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あべのハルカス美術館 太陽の塔展覧会

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2018.10.29

  あべのハルカス美術館で開催されている太陽の塔展覧会。本物の太陽の塔はまだ見れていませんが、9月14日から始まったこの展覧会も早、終盤に。何とか時間をつくって駆け足で訪れましたが、展示内容は想像以上に力の入ったもので、たいへん刺激的な時間を過ごしました。写真撮影OKというのも嬉しい! 高校生の時に見たお祭り広場の光景はおぼろげながら記憶に残っていますが、当時太陽の塔の中に入ったことはなく、内部の展示の様子や、塔の両腕の部分がお祭り広場の屋根の展示空間につながっていた事などは全く分かっていませんでした。   会場に展示されていた精巧な模型を眺めていると、丹下健三設計のシステマティックな屋根を突き破って屹立する「ベラボーな」塔の奇怪な造形に込められた、岡本太郎の熱い情念に圧倒されます。             当時の地下空間の展示を再現したジオラマはどれも精巧で実に美しいもので、思わず近寄って、しばし見入ってしまいました。                     太陽の塔の内部を説明する模型。生命の進化を表す「生命の樹」のディテ-ル、そのまわりを上昇してゆく階段(当時はエスカレーター)などが照明効果と共に分かりやすく表現されています。               下の写真は、この展覧会の目玉とも言うべき、初代「黄金の顔」の実物展示。仮設の足場の上から真近に眺めることが出来ます。修復後はステンレス板にスコッチフィルムを貼って作り直されていますが、展示されていたのは当時の鉄板製のもの。荒々しい手作りの造形の生々しさ、そのスケールの巨大さに驚かされます。施工中の現場写真も合わせて展示されていました。           当時、建設に際してデザインや技術的な検討を行う為に製作されたマケット(模型)の一つです。私の岡本太郎のイメージは「体育会系アーテイスト」。ランニング姿でエネルギッシュに太陽の塔の石膏原型を製作する岡本太郎のヴィネットが背後に見えます。結構リアルです!       両手を前に出して近寄るなと言っているかのような「ノン」(フランス語でノー)と名づけられた岡本太郎の作品。地下展示ゾーンに置かれていたそうです。世界から集められた仮面や神像が並ぶ展示空間に溶け込んでいたことでしょう。西欧のモダニズム(近代主義)やその裏返しとしての「日本調」の伝統主義にノーを突きつけ、万博を契機として、独自の新しいモノ(太陽の塔がその際たるモノですが)を想像しようとする岡本太郎の強靭な意志が伝わってきます。       岡本太郎最後の作品「雷神」。1960年代の作品が並ぶコーナーの一角に展示されていました。署名が無いので未完とされています。まるで絵心のあるやんちゃな子供が思うがままに描いたような若々しくエネルギッシュな作品です。       万博閉幕後行方不明となったままの「地底の太陽」ですが、塔の内部の修復と再生を機に復元され、ここではその原形が展示されていますが、ちょっと綺麗にまとまり過ぎた感も。          

平日でも盛況の会場の様子。老若男女が興味津々です

   

カラフルな岡本太郎の作品が並ぶ会場の導入部分

   

48年の歳月を経て蘇った太陽の塔や、今日の日本や世界の状況を見て、岡本太郎は何を思うのでしょうか

   

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もりかけ問題

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2017.08.23

http://digital.asahi.com/articles/DA3S13070906.html?rm=150#Continuation   かねてより世間を騒がしている森友学園、加計学園問題。平成29年8月4日付朝日新聞に掲載された保守の論客、佐伯啓思氏の論説「異論のススメ」が興味深かったので紹介します。   内容を要約すれば ・今回の安倍政権の支持率急落の原因の半分は、森共学園、加計学園問題であり、これらの問題に関するメディアの扱いは異常とも言える過剰なものであった。 ・メディアは文化省の内部メールを持ち出しこれを「事実」として官邸が文科省に圧力をかけたのだといい、そうでなければ「ない」という事実を出せ、出せないのは「安倍首相のお友達」の便宜をはかろうとしたからではないか、というような報道を繰り返しているうちに内閣支持率が急落した。 ・メディアは政府側が説明できないのは「事実」を隠蔽しているからだというが、無謀な論理である。安倍首相が加計学園の便宜をはかり圧力をかけたといった「事実」は出るはずもないし、仮にそれを事実をあげて説明しろと言っても、「口利き」や「圧力」がその証拠など残すはずはないから、所詮無理なことである。 ・現状ではこの問題についての確かな「事実」など何処にも無く、メディアが安倍首相の個人的事情によって行政をゆがめたとするのは、「事実」とは言えない「推測」にすぎない。 ・メディアの報道は「事実」をめぐる検証の体をとりながら、実は「事実」など信用してはおらず、ただそれ(筆者- keibun 註:「仮想の事実」とでも言うべきか?)を利用しているだけであり、実際には「疑惑の安倍政権」というイメージを醸成する一種の「世論」操作のように見える。 ・政権への批判をすることは言論を通した権力闘争である民主政治においては、当然のことであるが、その批判は前述のような不確かな「事実」を巡る駆け引きをする事ではなく、安倍首相の世界観や現状認識、それに基づく政策にこそ向かうべきである。加計学園の問題にしても、少し掘り下げれば、構造改革の是非や官邸主導政治の是非という問題にたどり着くはずである。   以上のように「もりかけ問題」に関するメディアの報道姿勢に、痛烈な批判を浴びせた論説となっています。 まあ、一言で言ってしまえば、加計も森友も日本国家にしてみれば大した問題ではないんだから、メディアは政権批判をするのなら、怪しげな「事実」をふりかざしてつまらない駆け引きなどせずに、もっと真正面から堂々と目線の高いテーマで論戦を挑むべきである、と言う事でしょうか。 それにしても、このような論説を掲載している朝日新聞も、ずいぶんと懐が深くなったものです。   佐伯氏の意見は、確かに「異論」というよりは(朝日新聞から見れば「異論」か・・)正論であるとは思いますが、私はこの「もりかけ問題」というのは、もっとシンプルな話だと思っています。   「事実」には確固たる証拠を伴うものと、直接的にそれを示すものは無いにしても、人の頭で普通に考えてどう見てもそうであろうという「確かな推論」に基づくものとがあると思います。森友問題での土地払い下げにあたっての大幅ダンピングはどう考えても不自然ですし、戦略特区構想を通して、加計学園が優遇されてきたのではないか・・と国民が疑ってみたくなるのも、これまでの経緯を見ればごくごく当然の事でしょう。   仮に安倍首相側の圧力なり役人側の忖度があったとしても、それらは確かに天下国家を揺るがすような問題ではないかもしれない。しかしながら、この問題での、都合の悪いことは記録にない、記憶にない、調査をしたけど当時の資料は廃棄されていて確かめようがない、といった政府側のお粗末で見え透いた答弁を聞いていると、これが我が国を動かしている人たちの発言なのか、と情けない気持ちになります。野党側が求める国会の再開催や証人喚問なども、政権は拒否し続けています。 そして、今の安倍一強政権下では、たとえばもっと国民の生活に大きな影響を及ぼす事柄においても、ひょっとしたら、本件と同様に政権側に都合の悪い事はひたすら隠蔽されるような事態になってしまうのではないか・・という危惧を国民は(先の戦争の経験等から)じわじわと感じ始めていて、その事が今回 の政権への不信感がここまで広がった一番の原因のように私には思えます。   破棄されたというデジタルデータの資料は技術的に復元できるはずですし、森共学園の土地がダンピングされた経緯は、その気にさえなれば、特捜部の捜査で明らかにされることと思います。そのきっかけを作ったのはやはりメディアの功績でしょう。 「推測」が「事実」に限りなく 近づくために、個人的には、メディアや野党にはもっともっと頑張って欲しいと思っています。    

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♯東北でよかった

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2017.04.27

心無い一言で先日辞任を余儀なくされた復興大臣の発言を逆手にとって、沢山の東北の皆さんが、SNS等を通して「♯東北でよかった」というタグと共に、自分だちの身近な題材を取り上げて東北の良さを発信しています。   閣僚の失言や失態が相次ぎ苦々しい気分になってしまう昨今ですが、久しぶりにすがすがしい気持ちにさせられます。東北の人たちの前向きなたくましさと、ウィットに富んだ知的な批判精神に感銘を受けますね。 何気ない日常の中で、自分たちを取り巻く環境の中から、美しいものや、楽しいこと、心温まること等々・・「よいこと」を心を開いて見出していこうという気持ちが、人の心を豊かにもするし、「よいこと」を分かち合うことで、同じ地域に住まう人々の絆を深めるのだと感じました。   ともすれば自分の周囲に、不平や不満を見つけようとしてしまう自分自身への反省を込めて。

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ボブ・ディラン、ノーベル文学賞受賞スピーチ(代読)

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2016.12.14

授賞式に出席しなかったボブ・ディランが授賞式後の晩餐会に向けたメッセージを寄せました。 米国大使が代読するという異例の事態でした。 何故自ら出席して、自らの口から語らなかったのか? 楽曲(楽曲と一体である自らの詞を含む)を作り続け、歌い続けたことに対して、ノーベル文学賞が授与されたという事実を、(戸惑っていることはよく伝わりますが)本音のところではどのように受けとめているのか? 聞く人によって色々な捉え方があると思いますので、 今回は、私の個人的な感想は封印して、以下にその全文を掲載しておきます。   皆さん、こんばんは。スウェーデン・アカデミーのメンバーとご来賓の皆さまにご挨拶申し上げます。 本日は出席できず残念に思います。しかし私の気持ちは皆さまと共にあり、この栄誉ある賞を受賞できることはとても光栄です。ノーベル文学賞が私に授与されることなど、夢にも思っていませんでした。私は幼い頃から、(ラドヤード)キップリング、(バーナード)ショー、トーマス・マン、パール・バック、アルベール・カミュ、(アーネスト)ヘミングウェイなど素晴らしい作家の作品に触れ、夢中になってのめり込みました。いつも深い感銘を与えてくれる文学の巨匠の作品は、学校の授業で取り上げられ、世界中の図書室に並び、賞賛されています。それらの偉大な人々と共に私が名を連ねることは、言葉では言い表せないほど光栄なことです その文学の巨匠たちが自ら「ノーベル賞を受賞したい」と思っていたかどうかはわかりませんが本や詩や脚本を書く人は誰でも、心のどこかでは密かな夢を抱いていると思います。それは心のとても深い所にあるため、自分自身でも気づかないかもしれません。 ノーベル文学賞を貰えるチャンスは誰にでもある、といっても、それは月面に降り立つぐらいのわずかな確率でしかないのです。実際、私が生まれた前後数年間は、ノーベル文学賞の対象者がいませんでした。私はとても貴重な人たちの仲間入りをすることができたと言えます。 ノーベル賞受賞の知らせを受けた時、私はツアーに出ている最中でした。そして暫くの間、私は状況をよく飲み込めませんでした。その時私の頭に浮かんだのは、偉大なる文学の巨匠ウィリアム・シェイクスピアでした。彼は自分自身のことを劇作家だと考え、「自分は文学作品を書いている」という意識はなかったはずです。彼の言葉は舞台上で表現するためのものでした。つまり読みものではなく語られるものです。彼がハムレットを執筆中は、「ふさわしい配役は? 舞台演出は? デンマークが舞台でよいのだろうか?」などさまざまな考えが頭に浮かんだと思います。もちろん、彼にはクリエイティヴなヴィジョンと大いなる志がまず念頭にあったのは間違いないでしょうが、同時に「資金は足りているか? スポンサーのためのよい席は用意できているか? (舞台で使う)人間の頭蓋骨はどこで手配しようか?」といったもっと現実的な問題も抱えていたと思います。それでも「自分のやっていることは文学か否か」という自問はシェイクスピアの中には微塵もなかったと言えるでしょう。 ティーンエイジャーで曲を書き始めた頃や、その後名前が売れ始めた頃でさえ、「自分の曲は喫茶店かバーで流れる程度のもので、あわよくばカーネギー・ホールやロンドン・パラディアムで演奏されるようになればいいな」、という程度の希望しか持っていませんでした。もしも私がもっと大胆な野望を抱いていたなら、「アルバムを制作して、ラジオでオンエアされるようになりたい」と思っていたでしょう。それが私の考えうる最も大きな栄誉でした。レコードを作ってラジオで自分の曲が流された時、それは大観衆の前に立ち、自分のやり始めたことを続けられるという夢に近づいた瞬間でした。 そうして私は自分のやり始めたことを、ここまで長きに渡って続けてきました。何枚ものレコードを作り、世界中で何千回ものコンサートを行いました。しかし何をするにしても常に中心にあるのは私の楽曲です。多種多様な文化の多くの人々の間で私の作品が生き続けていると思うと、感謝の気持ちでいっぱいです。 ぜひお伝えしておきたいことがあります。ミュージシャンとして私は5万人の前でプレイしたこともありますが、50人の前でプレイする方がもっと難しいのです。5万人の観衆はひとつの人格として扱うことができますが、50人の場合はそうはいきません。個々人が独立したアイデンティティを持ち、自分自身の世界を持ち、こちらの物事に向き合う態度や才能の高さ低さを見抜かれてしまうのです。ノーベル委員会が少人数で構成されている意義を、私はよく理解できます。 私もシェイクスピアのようにクリエイティヴな試みを追求しながらも、「この曲にはどのミュージシャンが合っているか? レコーディングはこのスタジオでいいのか? この曲はこのキーでいいのか?」などという、避けて通れぬ人生のあらゆる俗的な問題と向き合っています。400年経っても変わらないものはあるのです。 「私の楽曲は文学なのか?」と何度も自問しました。 この難題に時間をかけて取り組み、最終的に素晴らしい結論を導き出してくれたスウェーデン・アカデミーに本当に感謝しています。 ありがとうございました。   ボブ・ディラン    

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ボブディランよ心の内を語るべし!-2

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2016.11.19

10月13日のノーベル文学賞の受賞発表後、沈黙を守っていたボブディランが、10月25日に自らスウェーデンアカデミーの事務局長に電話をし、ノーベル文学賞に選ばれたのは栄誉なことであり、賞はもちろん受け取ります! と語ったとの事です。 かと思えば、今度は11月16日になって、スウェーデンアカデミーは、ボブディラン氏は12月10日にストックホルムで開かれる授賞式を「先約があるため」欠席する意向である、と発表しました。今度は電話ではなくお手紙だったようです。   このノーベル賞受賞をめぐっての一連のボブディランの対応には様々な意見があるようですが、私的にはどうも、彼のこの煮え切らない様子にイライラしてしまいます。(笑) ボブディランの中で、ノーベル賞の授賞式なんかより、もっと大事な用件があるんだよ!、というのなら、それはそれで大いに結構としても、10月13日の受賞発表の時点で12月10日に受賞式があるのは既に分かっていたわけですから、10月25日にわざわざ賞は受け取ります!と電話をしていながら、11月も半ばになってやっぱり「先約」があるからいけませんわ、なんていうのは、ずいぶんと人を食った話です。 スウェーデンアカデミーは、大人の対応をしているようですが、内心は忸怩たるものがあるかも知れませんね。   私が感じるこのもやもや感は、やはり彼の本当の心の内が見えないということに尽きます。 ノーベル賞受賞の条件として、受賞後6ヶ月以内に講演を行うことになっているそうですが、彼が果たしてこの講演をするのかどうか? あるいは講演をするとしてもそこでいったい何を語るのか? 当面は、そこを楽しみに見守りたいと思っておりやす。   ひょっとしたら、ギター片手にあの曲を唄っておしまい!なんてことも・・(笑)   The answer, my friend, is blowin' in the wind The answer is blowin' in the wind  !!      

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ボブディランよ、心の内を語るべし!

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2016.10.24

  ボブディランのノーベル文学賞受賞のニュースが巷を賑わしています。 受賞の発表後、スウェーデンアカデミーからの連絡にも一切応じず、ひたすら沈黙を守りつづけるその姿に賛否両論、否、というよりは、どちらかといえば、ディランらしい!と言う肯定的な意見が多いような気がします。   そんな彼の態度に業を煮やしたノーベル賞の選考委員長が、「無礼かつ傲慢」とのコメントを出したようです。実はこの発言、「無礼、傲慢」と言うフレーズが切り取られて強調されていますが、実際はこの後に「でも、それがディランらしいんだ」というニュアンスの発言が付け加えられていて、この委員長は、半ばあきれながらも、しょうがないやつやなぁ・・と言った感じの、むしろある種ディランに親しみを込めた発言をしているとも言えます。 とはいえ、やはり、発言の根底には、「最高の権威ある賞を、居並ぶ沢山の文学者達を差し置いて、貴方にあげると言ってるのに、いつまで黙っているつもりなんだい?」という「上から目線」がそこにあることは明らかで、「傲慢なのはディランではなく、スウェーデンアカデミーの方だ」という意見にも大いに頷けます。   正直言うと、個人的にはこれまでのボブディランの態度は確かに「無礼かつ傲慢」と映ります。でもそれは、第三者が言うのなら良いけれど、この賞を与える側の「権威ある」人が言ってはいけないんでしょうね。 つまりは、どっちもどっち(笑)と言うべきなのかも知れませんが・・果たして、彼の沈黙の真意は何処にあるのでしょうか?   権威の側にいる人間が、何の相談もなく!勝手に決めた賞など受け取りたくないのか、自分はあくまでミュージシャンであって文学賞などには値しないと考えているのか、ひょっとしたら受賞すべきか辞退すべきか、思い悩んでいる最中なのか、あるいは、彼にとっては本当にノーベル賞などどうでもよいことなのか・・・ いずれにせよ、ひたすら沈黙を守ることで、世間の反応を楽しんでいるのかも知れません。 しかし、かって反体制の騎手の代表だったディランも、いまやもう70歳を超えた社会人なのですから、少なくとも受賞の連絡があった日には、相手に対してきちんと礼を尽くして対応すべきでしょう。その上で、自分の信条に基いて、丁重に受賞を辞退したとしても、決して失礼にはあたらないと思うし、もしそうなれば、個人的にはむしろ拍手喝采!です。 仮に自分の意に介さない事態であるからといって、シカトを決め込むのはあまりにも幼稚すぎます。一部 のディラン信奉者が、それが格好いいんだ、なんて言うのはナンセンスでしょう。 もし、軽々しく自分の意見を言いたくないのであれば、きちんとしたコメントをblog等で公開するか、あるいは12月の授賞式に堂々と出席して、自分の考えを自分の言葉でしっかりと語るべきではないでしょうか。   ディランが、賞を受け入れるにせよ(その可能性は少なそうですが)辞退するにせよ、私達は、当の本人の言葉でその答えを聞くことで、音楽と一体で存在する歌詞が文学足りうるか、といった議論をより深めることが出来るでしょうし、あるいはノーベル賞というものの意義や役割について、改めて考え直すきっかけになるように思います。  

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