―ひとと建築―
建築は、元来雨風や暑さ寒さをしのぐためのシェルターであり、またひとのあらゆる多様 な営みを育む、きわめて基本的なものです。 このようにひとの生存にとってきわめて重要な建築というものが、経済原理や作り手の都 合だけで、意外なほど安易に量産されているように思えてなりません。
私の尊敬する建築家の一人である内井昭蔵氏は、「建築の目的は機能にあるが、建築の 本質はイメージの伝達にある」と言っています。きちんと目的に適ったものにする事は もちろん重要ですが、さらにより良い建築とするには、かたちと成った空間が、ひとの五 感に対してどのように働きかけ、どのようなメッセージを発するのかと言うことを、しっ かりと、受け取るひとの視点で考えておく事が大切だと思います。メッセージがきちんと 伝われば、ひとの側にその建築を愛しむ気持ちが生まれます。
そういったひとと建築とのコミュニケーションのあり方を、個々の建築ごとにじっくり検 証し、一つ一つ丁寧に創りこんでいく・・そういった地道な作業によって生み出された建 築が、ひととの関係をより密接で実り多いものにしていくのではないでしょうか
私は、竣工した建物をクライアントに引き渡すときに、大変さびしい気持ちになることが あるのですが、これは私がその建物に感情移入しているからです。 そして引渡した後は、その建物と使う人との新たな関係が始まるわけです。 建築はひとによって生かされ、ひとは建築によって生かされていると言えます。たとえ年 月が経っていても、すみずみまでメンテナンスが行き届き、綺麗に使われている建物を 見ると、その建築を使うひとの愛情と、これまで育まれてきたひとと建築との幸福な時間 が感じられて、暖かく嬉しい気持ちになります。 これからもそのようなひとと建築の好ましい関係を少しでもたくさん実現できるよう、 ささやかながら力を尽くしていきたいと思っています。
田中啓文