―ときと建築―

建築には時間の要素が大切であると考えています。私共は、クライアントや工事にた ずさわるたくさんの人々とのコミュニケーションを大切に、建築が出来上がるまでの 過程を大事にしながら創り込んでいきますが、建築にとっては、竣工の当日が其の長 い寿命のスタートライン。私共も、綺麗な竣工写真を撮ればそれで終わりではなく、 その後の長い時間の中で其の建築が、どう存続けるかをしっかりと見つめて行かねば なりません。

貴重な社会資産である建築は、時代に合わなくなったからといって簡単に取り壊して 建替えるわけにはいきません。したがって建築は、時代の流れによる変化を出来るだ け受容できるようなつくり方をしておくべきだと思います。そのためには、たとえば、 将来の内装や設備の変更が容易なように工夫したり、空間のフレキシビリティーを、 高めておくことが必要です。

また、建物は、時を経てただ汚れ、朽ちていくだけではなく、むしろ、時の重みを体 現した味わい深い美しさを徐々に醸し出すようにしたいものです。「美しく老いる」 ために、用いる素材や色調、形態、ディテールなどを充分に吟味しておく必要があり ます。継続的なメンテナンスがしやすいことも大切な要素です。

さらに、建築を建てるにあたり、其の場所が持っている特質や雰囲気等、継承すべき ものは引き継ぎ、場所の記憶を残しながら、新たに建築を立ち上げるという行為を、 できる限り穏やかで持続的なものにしたいと思います。その場所で、これまで流れて きた長い時間というものを踏まえた上で、その場所にふさわしい新たな息吹が生まれ ればよいと考えています。

また、建築はさまざまな「時」を人に与えてくれます。人は、建築がつくる空間に身 を置くことで、様々なメッセージを知らず知らずのうちに受け取っています。私共は、 その場に居るだけで心が和み、居心地がよく、人の心に響いて高揚させてくれるよう な空間創りを心がけています。そして、たとえば居住空間であ れば、光や風や緑とい った自然との関係を制御しながら出来るだけ自然を取り込み、空間と自然とを適切に 関係付けるようにしています。そうする事で、季節や日々の移ろいにしたがい刻々と 変化する自然が常に心地よいかたちで身近に存り、生活する喜びを感じることができ るような、生き生きとした豊かで趣きのあ る「時」が、人の心に生まれます。

田中啓文

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